2010年08月24日

ベビーカー哀歌

「類は友を呼ぶ」ではないけれど、人間、自分と同じ状態のものに自然と目を惹かれるものらしい。
子供が出来てからというもの、子連れの母親・夫婦がよくよく目に留まります。
近所の公園やスーパーではもちろんのこと、若者の中心街である渋谷や、サラリーマンが闊歩する昼のオフィス街でも、子供を連れて歩いている人は意外といるものです。

ご主人が奥さんの分まで二人分の荷物を持ち、奥さんはベビーカーを押す。
子供はベビーカーの中ですうすう寝息を立てている。
時折夏の日差しをまぶしそうにして身体を動かす子供。
それを見て日よけの位置を動かす奥さん。
なんとも幸せそうな光景。

ちなみに我が家のケースを申し上げておくと、

二人の荷物とベビーカーは、全て夫に委ねられている。
坂道では自分の力で歩きたくない妻が「子泣きじじい」のようにまとわりついてきて、重みが増す。
日差しが強いと「日陰を歩け」と後方から夫に指示が飛ぶ。
完全に労務者と監督者に階層が分断されております。
ええ、もちろん、幸せです。

さて、まるで子連れの象徴のようなベビーカーですが、調べてみると種類も値段も千差万別。
我が家ではアップリカ社製の比較的大型のものを使っております(お値段はそこそこ)。
乗り心地が良く悪路でも安定した走行が期待できるということですが、大きいぶんいろいろと不都合も生じてまいります。
せまい歩道に自転車が路上駐車、前方からは通行人がどんどん向かってくる。
そんなときは、なかなか進めずスピードが一気に落ちます。
川の流れに逆らって進む鮭のような気分でしょうか。

「これは面倒だなあ」と思うことが多いのは電車を利用する局面。
まず、改札ゲートが通れない。
最も広い車椅子用ゲートであれば大丈夫ですが、その広さのゲートがない駅・改札口も意外と多い。
これまでは駅員窓口のゲートでSuicaを渡して処理してもらっていたけれど、どうにも時間がかかってストレスを感じる。
なので最近は、どこか適当なゲートでピッとSuicaをタッチしておいて、駅員のいるゲートをささーっと通り抜けています。
駅員の目に留まるように視線はそちらに向けつつ、わざとらしく定期入れを掲げてかざすという演出つき。
まああまりかっこよいものではない。
うしろの通行人にしたって、そのゲートを通るのかと思ったらいきなりぐぐーっと駅員の側に寄られて、「なんだよ」と思っていることでしょう。

改札を抜けると次はホームに下りなければいけません。
そこで利用するのがエレベーター。
これがまたちょっとしたストレス。
ボタンを押すと、下の階からじわじわじわ〜っと上がってきて、じわじわ〜っと扉が開いて、閉まって、またじわじわじわ〜っと降りていく。
ちょっとした時間のはずなのに、何倍も長く感じるこの感覚…。
「一本乗り過ごすわーいっ!」と思わず言いたくもなるが、きっとスローなことにも理由があるはずだから、ここはじっと我慢の子。
改札を通って一発でエレベーターに乗れればまだよい。
混んでいるときなどは「じわじわ〜」を何回か見守るはめになり、都度精神が老け込んでいくのでございます。

それでもエレベーターがある駅はまだありがたいのです。
我が家の以前の住まいでは最寄り駅にエレベーターがなく、「これは将来しんどいだろう」ということで今の住まいに移った経緯がありました。
たまにベビーカーを両手で持ち上げながら、一歩一歩階段を降りていく奥様を見かけますが、あれは相当に力の要る作業です。
足元が見えず、手すりにも捕まれず、なので、段差を踏み外したときやちょっと人と接触したときでも、とても危ない事態になりかねません。
ただ、見かけて手伝いたくても、すでに状態が状態なので、下手に声かけたりしにくいんですよね…。
ああいうの、どうしたらよいのかしら。

また、ベビーカーの片側を支えながらエスカレーターに乗り込むのもよく見かける光景ですが(我が家もたまにやっております)、厳密にはあれは良くない行為なんだとか。ベビーカーを押して初めて知りました。

さて、そんなこんなでやっとホームに到着します(ふ〜〜)。
幸いにして電車はほどなく到着。
乗り込んだ車内はちょっと強めに冷房がかかっていて、散々太陽にいたぶられた我が身に心地よく冷気が染み渡ります(はああ、極楽…)。

とは言え子供の身体を冷やしすぎるのも良くないので、「弱冷房車」に移動しようという考えが頭の中を一瞬よぎる。
けれども、経験から想像するにつれ、結局「ここでじっとしていようかな」ということになる。
通路に立っている人がいる場合はもちろん、いなかったとしても、ゆれる車内を進む中、座っている人の足にタイヤが引っかかってしまったり、車両の間の重いドアを開けて進むのが面倒だったり。
車内の通路をベビーカーで移動するのにはかなり抵抗を感じてしまうのだ。

運良く席が空いていても、席の前の通路を塞いでしまうことが心苦しくなんとなく座りにくい。
立つ場所はなるべく、ドアのすぐ横の背もたれ状の一画に、できるだけベビーカーを密着させておく。それでも乗り降りのときには若干さまたげになります。
要するに、ベビーカーは車内で非常に収まりが悪く、所在無い物体なのですね。
だからこの車内の「異物」が、できるだけ車内環境を乱さぬよう、地味に心を砕いているのでございます。

そんなこんなで、目的の駅に着いたら、今度はさっきの逆戻り。
エレベーターで改札階に上がって、改札を出て、と。
帰りはそれらをもう1セットこなすわけであります。

移動のストレスが原因で、遠出を控えるようになった子連れ夫婦は存外多いのかもしれない。
もっとも、そんなに電車が大変ならクルマを使えばよいじゃないかという話もあります。
確かに完全プライベートスペースの分、対外的なストレスはあまり感じずに済みそうです。
我が家は一台も所有した経験がないのでなんとも言えないのですが、クルマの移動もそれはそれで苦労があるような気もしますね。
子供がどんどん車中を汚したり散らかしたりするだろうし。

結局何が言いたいのかと言いますと。
月並みだけれど、ベビーカーを自分で押してみて、わかる世界があったということでしょうか。
これまで味わったことのない気苦労とか。
これまで見過ごしてきた、気苦労を重ねている人々の営みとか。
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posted by サイダー at 10:24| Comment(6) | TrackBack(0) | 子育て | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月19日

ガス人間第一号

芝居を見るのが好き。

好きなんだけど、娘が生まれてからというもの、なかなか見に行けておりませぬ。
平日はまず無理。
土日も子供と妻を置いて一人だけ満喫、というわけにもいかない。
最近では劇場に託児サービスもあるようだけれど、そこまでして…とも思ってしまう。

そんなわたくしですが、ありがたいことにNHKではたまに演劇の模様を放送する番組をやっている。
「見に行きたいなあ」と注目していた作品が放送されることもしばしばで、大変重宝している。
さすがは公共放送。
ただ、やっているのが深夜なのでリアルタイムでは見ず、ひとまず録画しつつ、夕食がてら見ている。

数日前、後藤ひろひと作・演出の『ガス人間第一号』を録画で見た。
後藤ひろひと作品はいくつか見ていたけど、この作品は知らなかった。

それにしてもこのタイトル。
『ガス人間第一号』…。
仮にチラシを見て知っていたとしても、あんまり「見に行こうかな」という気がしない。
タイトルに美しさを求めているのではないけど、なんとなーく美観を損ねているような。
週刊誌見出し的に刺さるコトバがあるわけでもなし。

そんなことを思いながら見始めたこの舞台、ふたを開けてみるとなんとも素敵な世界が広がっているではありませんか!
身体を改造され「ガス人間」となってしまった男と、過去の事件をきっかけに歌の世界の一線から遠ざかってしまった女が織りなす、とても悲しいラブストーリー。

特にラストの救いようのなさ、最高です。
下手にハッピーエンドにまとめず、しっかりとどん底に突き落とす。
潔し。

タイトルが美しくないなんて馬鹿にして申し訳ございませんでしたと詫びたい。
でも『ガス人間第一号』ってタイトルから、まさかこんな話だとは誰が想像できようか。

上述の女を演じているのは、実際に歌手でもある「中村中(なかむら・あたる)」さんという方。
ライトを浴びて艶めく長い黒髪に、肉感的な厚い唇、ウエストからの下への滑らかな脚線、そしてたっぷり聞かせるその歌唱力…!
とんでもないセクシーさを秘めた素晴らしい歌い手がいるものだと思い、さっそくネットで調べてみると、目に飛び込んできたのは「性同一性障害」「戸籍上は男性」なる文言。

ぬおおおー。

世界がひっくり返った瞬間。

そうなのか。
そんなことがあったのか…(しばし沈黙)。

いやー、うむー、なんというか、
女性という性を生きている中村さんに対してこれは大変失礼な言い方になるのかもしれないが、当たり前に本当の女性だと思って舞台を見ていました。
そこにはなんにも違和感がなかったのですが、ただ、「これほどまでにセクシーな女性はいるものだろうか」と思ったことも事実。
それはなんというか、女性以上に女性という性を意識して生きてきたがゆえに備わったものなのかもしれないなあ…、と思いました。

この手の問題無知ですし、演劇のことしかわかりません。
なので、自分にひとつだけいえるとすれば、中村中というアーティストの情念のこもった切なくて美しいあの歌声。
あの歌声がなかったら、『ガス人間第一号』という舞台はまったく成立得なかったということ。
これは本当に間違いないと思います。

タイトルを見ただけでは敬遠していたであろう作品に、こうして触れることが出来、中村中という素晴らしいアーティストの存在も知ることが出来。
2時間足らずの録画番組でしたが、とても充実した気持ちになりました。
いやー、素晴らしかった。
また見よう。

posted by サイダー at 11:23| Comment(11) | TrackBack(0) | 舞台演劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月18日

娘の成長

世は夏休みシーズンです。
我が家には妻にだけ夏休みが訪れました。
よほど日々の家事から逃れたいのか、嫁は子供(娘・一歳半)をつれてさささっと、実家へ逃亡。
こちらはこちらで監視が解かれて気が緩み、冷蔵庫のメロンをほぼ丸ごと腐らせる、洗濯物を3日間干しっぱなしにする、など堕落した生活を送っておりました。

それはまあよいとして、久々の再会を果たしたときに驚いたことがひとつ。
娘が驚異的に成長していたのである。
基本謎の言語を駆使していた娘が、我々にも意味の理解できる言葉をいくつもしゃべるようになっているではないか。
こちらが何か食べているときに、「ちょうだい」と言って手を出してくるのには驚いた。

「成長」というのは必ずしもまっすぐ育つことを意味してはいないようだ。
この短期間に、娘がもうひとつ身につけていたもの。
それはウソ泣きである。

東京に帰ってきたその日のうちにそれは起こった。
娘の身体が入るくらいのかごに水を張ってやり、プール遊びをするのが最近のお気に入りなのだが、娘の「プール、プール」という求めに応じず、こちらが何もしないでいると、件のウソ泣きが始まった。
両手を目のところに持っていき、「えーん、えーん」とやるのだ。
もちろん涙などは流れず、両手の隙間からこっちをちらちら見ているので、一発でウソだとわかってしまう。

なによりもその「えーん、えーん」が、「どんだけ棒読みだーっ!」と思わず叫びたくなるくらい、あまりにお粗末なのである。
下手な芝居に思わず笑ってしまい、結局プールを作ってあげてしまうのだが。

しっかし何がきっかけでこの手の技を習得するものやら。
親の見ていないところで子供が育つというのは、たしかに真理であるなあと感じた次第です。
posted by サイダー at 00:14| Comment(1) | TrackBack(0) | 子育て | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月17日

懲りずにまた。

昔から、妙にひねくれたところがあった。
世の中でこれが流行っている、と言われているものは、買ったり見たりしない。
小学校の頃教室の皆が「たまごっち」に熱中したときも、高校の頃「タイタニック」を2度見た、3度見たと言って盛り上がっていたときも、クラスの半分以上が携帯電話を持ち始めたときも、自分はノータッチだった。
結局携帯電話は大学進学と同時に持つことになったのだけれど。

世の中で話題になっていることを疑っているわけではないけれども、醒めた目で推移を見るだけの自分がいる。
いや、もっと言えば、安易にその流れに乗る行為に一種の恥ずかしさを感じる自分がいるのだ。
ほんとは流れに乗りたい、いやそこまででもない…自分の中で小さく葛藤する局面もあるが、結局踏み切ることはない。
はっきり言って「めんどくせえ」性格なのだ。

そういう性格であるからして、近頃一世を風靡している「iPhone」も所有していないし、「ツイッター」もやったことがない。
「mixi」の招待も無視し続けてきた。
友人知人らから「iPhone」が如何に進んだ携帯電話かプレゼンされ、「ツイッター」こそ次世代コミュニケーションの鍵を握るツールであると延々説かれること幾たび。
その都度、「確かに」「やってみてもよいかのお」などと考えるものの、決まって結論はノー。

ノーであるだけならまだしも、いったい脳のどのスイッチを押したものか、一年以上前に封印したブログなんぞを今日に至ってまたやろうとしている始末。
140文字のつぶやき社会に喧嘩でも売ろうというのか。
いやまあ「あんな断片だけの会話のやり取りでいったい何が伝わるんじゃ!」とか思ったときもあったけども。

まあ例によってあんまり深くは考えておりません。
うー、強いて言えば、最近仕事の上でも私生活上でも、ある程度まとまった単位の文章をしたためる機会が少なくなったので、文章の筋トレのようなつもりでやろうかな、と…。
ほんの出来心なんです。
って、別に誰に咎められているわけでもないのに、なんでこう言い訳じみたことを書いてしまうのだろう。
このむなしい言い訳人生よ。

そんなわけで、まだ読んで下さっている方がいらっしゃったら、またどうぞ宜しくお願いいたします。
posted by サイダー at 19:18| Comment(1) | TrackBack(0) | 自分自身 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月18日

観劇評 ネルケプランニング「女信長」


6月も後半に突入。湿気の多い嫌な季節ですね。ああ嫌だ嫌だ。

上のニュースについて。こういうニュースが本当に好きなんですよねえ。銃撃の技術や身代わりの技術も競ったりして、ボディーガード十種複合競技とかやれば面白いんでしょうね。お客は少なそうだが…。

さて本題。

先日舞台を見てまいりましたよ。黒木メイサさん主演の「女信長」を!
黒木メイサが舞台狭しと動き回り、踊る!叫ぶ!殴る!斬る!
いやー大変美しゅうございました。
娘にはぜひ将来あんなふうに育ってもらいたいものです(しつこい)。

えーあらすじ。誰もが知っている戦国武将・織田信長(黒木メイサ)。その信長が「御長(おちょう)」という名の女だったという設定からすべてが始まる。隣国のライバルである斎藤道三(石田純一(笑))に女であることを見破られた信長は、男にはできない発想でこの国を統一するという持論を語り、道三に気に入られる。道三の後ろ盾を得た信長は、織田家の家督争いに勝ち尾張の地盤を固める。道三を討って美濃を押さえた斎藤義龍、駿河の今川義元を相次いで破った信長は、幼馴染でもある徳川家康(山崎銀之丞)と組んでさらに勢力を拡大。その原動力は、これまでの方法論やしきたりにとらわれず、良いものは取り入れる、使える人材は重用するという徹底した合理主義にあった。百姓の生まれで、これまでの武士中心の階級社会では軽く見られていた木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)を大抜擢したのも、格式より能力を重んじた信長ならではの人材戦略だった。

京への上洛を視野に入れる信長は、「女」を武器に近江の浅井長政(河合龍之介)と同盟を結ぶが、かえって若い長政の虜となってしまう。長政と過ごし、女としての幸せを実感し満ち足りる信長であったが、戦乱の世は平穏を与えない。将軍・足利義昭のもとからは幕府再興を訴える使者として明智光秀(中川晃教)が来訪。信長が女であることに驚きつつも、戦乱を終わらせ、太平の世を築くという信長の「理想」に惚れ込み、南蛮の技術や戦法を伝授し、全力で信長をバックアップする。将軍を擁立し、いまや破竹の勢いの信長。しかし、世の中に戦国大名「織田信長」の名声が恐れと共に広まっていくにつれ、彼女は自分の中の「御長」が押し潰されていくような違和感を抱いていく。そして愛していた浅井長政の突然の裏切りと、諸大名により敷かれた織田家包囲網が、彼女を精神的にさらに追い込み、一向宗の比叡山焼き討ちへと駆り立てる。

神仏に対するあまりの暴挙に、世の反感は高まり、家臣も離反していく。そんな中で一人光秀だけが信長への理解を示す。あくまで彼女の理想を愛してきた光秀だったが、あまりに孤独で、今にも折れてしまいそうな彼女の姿に触れた彼は、ついに一組の男と女として、信長と愛しあったのだった。勢いを取り戻した信長は、上洛する武田軍を阻止、浅井・朝倉連合軍を撃破し、織田家包囲網の瓦解に成功。一気に天下に覇を唱える存在となる。最後の戦に敗れ、再び信長に相対した浅井長政は、「お前を愛したことなど一度もない。俺の天下のために利用しただけ」と傲然と言い放つ。男とは。女とは。愛とは。幸せとは。自分とは。全てを見失い、思考のタガが外れたかのようになった信長は、本能寺に兵を集め、家臣の制止も聞かぬままに、天皇に対して「すべてを終わらせる」ための狂気の戦いを挑む。

取り憑かれたように自らを破滅の道へと駆りたてる信長に対し、明智光秀もまた「すべてを終わらせる」ために本能寺へと向かう…。

いやはや、ばーっと書いてしまいましたが、とても見ごたえのある良い舞台でした。実は最初は、どうなるものかと不安でした。「信長ってこういう人格です」、「こんな出来事がありました」と知らせるだけのあまりに説明的なブツ切りのシーンが続き、俺の嫌いな「殺されるためだけに出てくる人物」も相次いで登場。さながら「リチャード3世」を見た時のような嫌な思い出がよみがえってきました。それが、光秀との出会いのシーンあたりから、だんだんと落ち着いてきて、しっかりと見ることができるようになった。ストーリーの落ち着きとテンポの良さがうまいこと調和し出すと、あとは最後まで楽しんで見ることができ、気づけば終幕では汗ばみ、カーテンコールでは立ち上がって拍手をしていました。

こういう大仕掛けの歴史モノの舞台では、登場人物の役作りや心情面の表現が難しく、芝居のそういう部分を楽しみたい人はちょっと不満かもしれません。ただ、歌と踊りを交えたスピード感たっぷりの鮮やかなステージを楽しみたい人であれば、確実に気に入ってもらえると思います。黒豹のようにしなやかで力強い黒木メイサさんの演技と、若手ミュージカル俳優のトップである中川晃教さんの歌唱力の組み合わせは、十分な説得力で観客を楽しませてくれました。二人を脇から支える家康やルイス・フロイス、柴田勝家などの役者も、良い塩梅にネタを絡ませ、笑いもしっかり引き出していました。石田純一さんはもっと笑いを取りに来るかと思いきや、意外にもシリアスな演技に徹していましたねー。

この舞台を見てすごくよかったなと思ったのは、「信長が女だった」という、歴史的な事実のある一点を入れ替えただけで、戦国武将たちが人間味のある存在としてぐっと近づいて見えるようになったということです。信長が比叡山を焼き討ちにしたそのとき、何を考えていたのか。浅井長政の頭蓋骨を盃にしろと命じたそのとき、どんな思いだったのか。光秀が「信長を討て!」と叫んだそのとき、心には何が浮かんでいたのか。この舞台がとても丁寧に描き出してくれたおかげで、教科書的な歴史の向き合い方ではわからない、歴史の「味」に触れたような気がしました。

「信長が女」というのはもちろんフィクションなのでしょうが、個人的には光秀が本能寺で挙兵するシーンには、大変説得力を感じてしまいました。「信長」という呪縛から御長を救うために「信長を討て!」と叫んだ光秀。本能寺を埋め尽くす桔梗の家紋の軍旗。その桔梗の花言葉は「変わらぬ愛」。炎の中に信長を見つけ出し、女性の着物を肩から着せては、「女子供に手を出すな!」と厳命する。光秀、かっこよすぎです。

ただ、ここで冷静になって考えますと、信長も光秀も本能寺の変の時点では相当なおっさん・おばさんです(笑)。この愛の世界はやはり黒木メイサ・中川晃教だからこそ、成立するものと言うべきでしょうね…(いや、歳取るのが悪いというんじゃないんですよ)。ただし、個人的には、光秀は最後には男とか女とか、そういう次元ではなくて、御長というひとりの人間を、ありのままの自由な人間として解放してあげたかった。人として御長を愛していた。そんなふうに感じました。

そんな光秀の信長に対する気持ちや、さまざまな出来事が起こるたびに揺れる信長の心情は、見る人によってはいろいろな解釈の余地があると思います。終幕後の余韻を味わいつつ、あれこれと思いを巡らせながら家路につくのも、舞台の楽しみ方のひとつですよね。

さてこの「女信長」、東京ではあと数日ステージがあり、そのあとは大阪で公演があるようです。チケットはちょっと高いですが、一見の価値はあると思いますので、興味のある方はぜひどうぞ。ちなみに「女信長」の原作者は、「王妃の離婚」「カエサルを撃て」で有名な直木賞作家・佐藤賢一氏。佐藤氏はなんとわしと同郷で、しかも同じ高校の大先輩。こういうつながりも嬉しいものですねー。


ネルケプランニング「女信長」
2009年6月5日〜6月21日  東京 青山劇場 
2009年6月26日〜6月28日 大阪 シアターBRAVA!

キャスト

黒木メイサ
中川晃教
河合龍之介
TETSU (Bugs Under Groove)
市瀬秀和
黒川恭佑
細貝圭
真島公平
篠田光亮
山崎銀之丞
松山メアリ
篠山輝信
鯨井康介
松本有樹純
久保田創
平田裕一郎
塚田知紀
中川浩行
木村智早
香子
清家利一
有森也実
  ・
石田純一


スタッフ

原作 佐藤賢一「女信長」(毎日新聞社刊)
構成・演出 岡村俊一
脚本 渡辺和徳
音楽 からさきしょういち
美術 川口夏江
照明 松林克明
音響 山本能久
殺陣 清家利一
衣裳 山下和美
ヘアメイク 川端富生
舞台監督 原田讓二
宣伝写真 谷 敦志
宣伝美術 東 學
制作 島袋 佳
アシスタントプロデューサー 島袋 潤・鈴木奈緒子
プロデューサー 松田 誠
制作 アール・ユー・ピー
posted by サイダー at 01:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 舞台演劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月16日

三沢光晴選手の訃報に接し

更新だいぶご無沙汰でございます。

今回は訃報ということで、イレギュラーな内容です。

プロレス団体「プロレスリング・ノア」の社長であり、現役レスラーでもある三沢光晴選手が13日、試合中に相手選手にかけられた技を受け切れず、大きなダメージを負い、そのまま還らぬ人となってしまいました。

ノアにとっても、プロレス界全体にとっても、大きな柱を失ってしまったように思え、ショックでなりません。柱が抜けて空いた穴は、塞ぐにはあまりにも大きすぎる。

最初訃報に接した時、受け身の名手といわれている彼ですので、まさか試合中の事故でとは思いませんでした。むしろ社長業のもたらす心労が、致命的な病状を引き起こした末のことなのかと思ったのでした。

今年の3月末をもって、日テレ地上波でやっていたノアのプロレス番組が終了。それにより収入が減り団体への注目も薄れることは、経営者としての彼にとって、何とも悩ましい問題だったに違いありません。

スポーツ紙など読んでいると、今年に入ってから身体の不調を訴える姿が目立ったという関係者のコメントも見られます。直接的には試合の事故と言えども、社長としての責務とそれによる心への重圧が、遠因になっているようにも思えてきます。

試合する姿を直接見たことはありませんでしたが、テレビを通じてそのファイトは記憶に残っています。特にノア立ち上げ後の対小橋戦で繰り広げたとんでもない技の応酬(花道から床めがけてタイガー・スープレックスなど)は、あまりにも衝撃的すぎて見ていて笑えてくる(凄い試合は、何故か自然と笑えるのです)ほどでした。

本当に惜しいレスラーを亡くしてしまったと、大変無念であります。

三沢選手のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。合掌。
ラベル:三沢 NOAH プロレス
posted by サイダー at 02:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月24日

人の思い出と巡るインドの旅A


だいぶ暑い日が続きますね。新型インフルエンザの感染者が国内で300人を超えたそうです。「まあ大丈夫だろう」と思う気持ち半分、小さい娘がいるので、「この子が罹るようなことは避けないと」と思う気持ち半分。そんなわけで、かねて計画していた親子での遠出も諦めることになりました。娘の安全には代えられない、と。

そんな娘なのですが、最近家に招くお客が口々に、「父親(わし)に激しく似ている」と言います。父親に似ている娘は幸せになるらしいです。以前から「この子には黒木メイサさんのような美女に育ってほしい」と強い願望を抱いていたわしですが、自分の顔にひとつも黒木メイサ的要素を見出すことができず、軽い眩暈を覚えてしまいました。まあいいんです、元気に育ってくれれば(笑)。

上のニュースについて。汚職問題で検察の追及を受けていた韓国の盧武鉉大統領が自殺したという話題。韓国では、「元」とか「前」を付けて呼ばれるようになった大統領が、汚職で検察に挙げられることが頻繁に起きているような気がする。盧泰愚元大統領の事件とか、いまだに覚えています。そんなせいか、韓国の政治家というと、カネに汚いというイメージがなんとなくあります。偏見だと思いますが。

崖から飛び降りて死ぬという行為は、当人は死んでしまったわけですから、もはや世論を味方につける「パフォーマンス」の領域を超えています。一身に降りかかった恥辱を雪ぐための最期のメッセージとも取れる。当然、検察のやり方を非難したり、盧氏に同情したりする意見も出てくると思います。けれど、そうであるからと言って、完全に盧氏がシロであるとも言い切れない。気になるのは、盧氏が自殺とはいえ「消された」ことが、誰かにとっての「目的達成」になっているのかどうかということ。検察を動かして絵を描いた勢力がいるのかどうか…。誰か教えてください。

さて。インドの旅の記録の第2回目。人の思い出と巡る今回の旅行記、最初に登場していただくのは、現地で会ったインド人の「A氏」。
彼は、このインド旅行でわしが最も世話になった人であり、いまだに頭の上がらない存在だ。先に「現地で会った」と書いたのは嘘ではないけれど、正しく言うなら、日本にいる時から彼のことは知っていた。

前回書いたとおり、わしは一人でインドに行く羽目になってしまった。日本にいるうちから、それはもう不安で不安で仕方なかった。ただ、往生際の悪い性格もあり、一緒に行く相手が見つからないなら何か別の手を打たねばと考え、思いついたのが、「インドに知り合いがいる友人に頼んで、そのインド人にしばらく現地を案内してもらう」という作戦(?)。

とにかく初めての場所なので、初日からしばらくがどうにも不安だ。インドにいる間じゅうとは言わないが、せめて2、3日くらい、面倒見てくれる心優しく頼りになるインド人はいないものか…。何としてもそういう人を見つけよう…。そう、その時のわしは、「補助輪がないと自転車乗れないよう!」とぐずる子供の如く、軟弱ハートの持ち主だったのである。

かくして、「優しいインド人」を知り合いに持っていそうな人物にアタックすることになったのだが、結論から言うとあまり労することもなく、とある知人があっさりと、「優しいインド人」を紹介してくれた。まさに「窮すれば通ず」。リーチ一発ツモである。その知人は国際関係に学問的興味が旺盛だったこともあり、やたらと外国の友達が多い。わしが頼むと「うってつけの人がいるから、直接連絡してみて。こっちからも話は入れておくから」といかにもやり手な匂いのする返事。こうして、紹介されたのが「A氏」なのであった。

「直接連絡してみて」と言われたあと、英和辞書と首っ引きでA氏宛ての電子メールを書いている自分の姿は、思い出すだに恥ずかしい。「何日のいつのエア・インディアの何便で、インディラ・ガンディー国際空港に着きます。初めてお目にかかるので、それとわかるような目印(服装とか)があれば教えて下さい。よろしくお願いします!」…と、要素としてはそれくらいしか伝えていなかったと思うが、ものすごく時間をかけて文章を作っては書き直し、また作っては書き直し……まるで恋する女子中学生の手書きラブレター。けれどメールにこめた必死さでは、思春期の乙女にも勝るものがあったに違いない。と思う。

遠くインドの地で、画面を見ながら「へたくそな英語だなあ」と思ったかどうかはさておき、A氏からの返信はやってきた。文法とか、そういうのはあんまり関係ない、肩の力の抜けた文章で数行、「会えるのが楽しみサ。僕は君の名前を書いたボードを持って、空港の出口で待っているサ!」と書いてあった。なんでこんな変な口調なのかというと、わしがまだ見ぬA氏に、勝手にそんな風にしゃべるイメージのインド人を重ねていたからである。

例の友人から聞くところによると、A氏はネルー大学というインドでも有数の名門大学(日本の東京大学と言っていいくらい)で工学系の研究をしている大学院生らしい。将来有望な若いインド人男性。知的に光る鋭い目、奇麗に整えられた黒髪、凛々しい口髭。まだ見ぬA氏に対する想像は膨らみ、わしの中では彼は相当なイケメン・インディアンということになっていた。

さて、最初にコンタクトしてからというもの、しばらくインドの旅程やら何やらをメールで連絡しあう日が続いた。その間、ビザも取り、バッグに荷物も詰め、トラベラーズ・チェックも入手し…、インド行きの日がだんだんと近づいてくる。A氏を紹介してもらったことだし、旅の不安も解消したかというと、決してそういうわけでもなく。今度は「彼が空港に来なかったとしたらどうしよう」「もしも飛行機が大幅に遅れてしまったらどうしよう」と、一歩進んだところで不安にさらされる羽目になった。結局、出発のその日まで、わしの不安が消えることはなかったのであった。

ついに訪れた出発の日。荷物を確かめ、A氏からのメールの中身をよーく確かめてから、成田空港へ。初めて乗ったエア・インディアは、ファースト・インプレッションから非常に強烈で、得体のしれない香辛料の匂いとともに、「制服を着た野村沙知代」風CAが出迎えてくれた。「うおぅ!」と声が出そうになった。乗客の多数がインド人。バンコクを経由することもあり、タイ人も多いようだ。悲しいかな、ついつい日本人の姿を探してしまうのだが、どうやらわしと同じくらいの歳の日本人もそれなりにいるようだった。「インド旅行の無事=A氏に会える」と深く信じているわしにとっては、とにかく、飛行機が時間どおりにインドに着くことがすべて。祈るような気持ちで、空へ…。

さて、このフライト中もちょっとした話はあるにはあるのだが、そこは省略しよう。話は約10時間後、わしがインディラ・ガンディー国際空港に到着したところから。

とにもかくにも空港には着いた。日本とインドの時差は3時間半。それに従って時計をインド時間にセットし直すと、どうやら30分ほど予定時刻より遅れて到着したことが判明。焦りながら入国審査を受け、不機嫌そうな係官にぽんぽんと判を押してもらい、早歩きで出口へと向かう。A氏はちゃんと待っていてくれるだろうか…。ただでさえ遅れているので急いで行きたいのはやまやまだが、出口に向かう前にやるべきことが一つ。現地通貨への両替だ。これがなくてはこの国で生きていけない。お客でちょっとした行列になっているにもかかわらず、緩慢に応対するスタッフに対してやや苛立ちつつも、とにかく並んで待つ。

待っている間、おそらく同じ便で来たであろう同年代の日本人男性2人に何気なく声をかけてみた。「これからの予定決まっていますか」と。日本国内であれば思いっきり怪しい文句だが、さすがアウェー、「いやー、実は何も考えていなくて」「着いてから決めようかなって」と、会話が成立するのである。やはり心細いインドの旅、「もし良かったら、一緒に動きませんか。知り合いに紹介してもらったインドの人が、空港まで迎えに来てくれているはずなんです」「ええっ」「いいですね、どうしよう」「やー、もしよかったら一緒について行かせてください」「いいですよ、こっちも一人で心細かったので」「すみません、ありがとうございます」…と、あれよあれよという間に、「3名様」になってしまった。

両替を済ませ、やや足取りも軽く出口へ向かう。鉄柵で作られたルートに沿って、英語の書かれた紙を持ったものすごい数のインド人がひしめき、待ち人の名前と思しき言葉を口々に発している。喧騒で混沌としたこの状況、頼りになるのはわしの名前が書いてある紙のみ。眼鏡をかけ、「A氏よ!いてくれ!」と願を懸け、片っ端から探索を開始。これは合格者発表で自分の受験番号を探す学生の気持ちにかなり近いものがある。とにかく血眼で自分の名前を探しているうちに、

「あれも違う、これも違う…ああ、あった!」と、運命の瞬間が!

やや控えめな字でわしの名前が書かれた真っ白な紙を発見。「くわっ」と見開いた眼でその紙の持ち主を見ると、彼もまたその飢えた視線に気がついたのか、「ハーイ」と陽気に声をかけてくれた。おお、A氏、A氏よ!待っていてくれてありがとう!「もののけ姫」ばりに張りつめまくったわしの心が、じわじわっと溶けていく瞬間である。ああよかった…。A氏は同行している2人のことも察したのか、彼らにも気さくに声をかけている。2人にとっても、A氏の姿が神々しく見えているに違いないのだ。

それにしてもA氏の風貌は、これまで想像していた姿を木端微塵に粉砕するくらいにかけ離れていた。彼のルックスをひとことで表すならば、「イケメン」ではなく「鼻メガネ」であろう。丸みのある眼鏡をかけ、優しい表情を絶やさない彼は、全身から気のいいおっさん風なオーラが漂っている。服装も、なんとなくおっさん風だ。

そんな愛くるしいA氏の姿に触れ、ものの3秒ですっかり安心した我々は、空港を出て、彼の友人が運転しているという車に乗り込んだ。時刻は午後9時くらいだったと記憶しているが、空港を一歩出てしまうと、吸い込まれてしまいそうな暗闇が広がる。その中に、夜行性の動物のように、鋭く光る眼をしたインド人たちの姿がちらほらと。もしも一人だったら、きっとこれだけで心が折れてしまったに違いない…。A氏が来てくれて本当に良かったと思う瞬間だ(実はこの空港を出てすぐ、心が折れてしまった人が本当にいた。その人の話は、また後日書こうと思う)。

さて、A氏友人の車は、快調に夜の闇の中をかっ飛ばす。車中では改めての自己紹介を兼ねて、わしら3人が代わる代わるに名前やら日本で何をやっているかなど、たどたどしい英語で話す。
大して面白みもない話のはずだが、A氏はひとつひとつに表情をつけて反応し、いろいろと質問をしてくれた。いい人である。そして話題は「今日これからどうするか」という、日本人3人とも何も考えていなかったけれど、実は結構重要と思しきテーマに移行した。3人でちょっと話をして、意見の一致をみた上でA氏に、「今日は遅いので、ニューデリーに着いたらそのままホテルを見つけて泊まろうと思う。どこか適当なところを教えてほしい」と伝えた。すでにいくつか候補を調べてあったが、現地の人が教えてくれるところの方が安心だと思ったのだ。

「オーケー」と応えるA氏が、頷いてそのあとに続けた言葉は、我々3人にとって意外なものであった。「それだったら、僕の大学の寮に泊まってしまえばええがね」。

…思えばこれが、A氏のホスピタリティ全開のもてなしの幕開けなのであった。彼を紹介してもらった時点で「リーチ一発ツモ」なのだとすれば、ここにきてさらに「裏ドラ」が乗った状態である。果たしてどこまで点数が伸びるのか……、次回、怒涛の後編へ続く!
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2009年05月06日

人の思い出と巡るインドの旅@


ちょっとペースを上げて更新。今日(もはや昨日か)は「こどもの日」ですが、雨降りでぱっとしない天気になりました。そういえばうちの近くの空き地に見事な鯉のぼりが飾ってあるのですが、あれはいったい誰の仕業だろう。

上のニュースについて。ちょっと前の出来事になりますが、米州サミットでのベネズエラのチャベス大統領とオバマ大統領のやりとりが話題になりました。対話の姿勢を示したオバマ大統領に対し、チャベス大統領が「あなたの友人になりたい」と応え、握手を交わし、『収奪された土地』という中南米の苦難の歴史を描いた書籍を贈ったという一コマ。

ベネズエラの貧困層や農民を支持基盤とするチャベス大統領はアメリカを「収奪者」「悪魔」と呼び、仮想敵として国内をまとめていました。特にブッシュ時代のアメリカが対外的には超がつくほどの強硬路線だったこともあり、敵対心は最高潮に達していたと言えるでしょう。それが、オバマ政権が始まってからの、この変化。国内のテレビ放送向けには、「アメリカに尻尾を振っているわけではない」と強気の姿勢を崩さなかったようですが、明らかに新しい関係を模索し始めていると言っていい。ラウル・カストロが立つキューバもそうですが、中南米では対米路線の変更を模索する動きが急速に進みつつあるように感じます。

それは「対話路線外交」に加えて、オバマ大統領が黒人であるということが大きいのかもしれない。ヨーロッパ諸国が南北アメリカ大陸に進出してきた当時の歴史を考えればなんとなくわかる気がします。ヨーロッパに支配されたアフリカ大陸から送り込まれてくる大量の黒人奴隷は、アメリカ大陸に豊富に蓄えられた銀をひたすらに掘らされた。銀はヨーロッパ本国に送られ、それを元手にヨーロッパ商人たちは商売を拡大し、国王たちは税を得て、さらに軍備を増強する。まさにヨーロッパの白人たちによる「収奪」の歴史を、インディオと黒人は一部共有している。チャベス大統領もムラートとメスティーソの両親を持つということで、よりオバマ大統領に近しいものを抱いたのではないでしょうか。

ベネズエラ国内に渦巻く貧困の問題の根は深く、アメリカとの関係改善が即国内の問題解決につながるとは到底思えません。けれどもそれは間違いなく、問題解決を後押しするはずの一歩ではあるのです。オバマ大統領が進める新基軸外交と、それに応える諸国のリーダー・ニューリーダーたちが、近い将来、新しい歴史の扉を開いてくれるのかもしれません。

さて。

今回からしばらく趣向を変えまして、かつてインドで一人旅をしたときの話を書こうと思います。「なんで突然インド?」なのかというと、自分でもよくわかりません(笑)。強いて言えば、昔から旅行に出るたびにちょっとした旅の記録をつけていたのに、インド旅行に関してはまったく記録しておらず、ふと最近、それを文字化したい衝動に駆られたというべきでしょうか(断片的には「大麻」絡みの話で触れていますが)。

もちろんこのブログで「日記」のような内容のことを書くのは好まないので、それよりはもうちょっと、意味のある何かが抽出されたようなものにしたいと思います。そのための手段となりうるかは別としてですが、単純に出来事や自分が感じたことを時系列で綴っていく書き方はせず、表題にもあるように、「人」を軸としてインドの旅の思い出を振り返ってみようと思います。

一人旅とは言いながら、インドに滞在していた期間中、わしはだいたい誰かと行動をともにしていました。名前はとうに忘れてしまっても、一緒にいた彼らの言動は、いまだに強く印象に残っていたりもする。風光明媚な土地でもない限り、旅なんてものはだいたい「人」とか「食」に収斂されていくものです(よね!?)。そのうちの「人」の記憶の糸を紡いでいきながら、自分にとってのインド旅行を見つめなおし、「個人の記憶」よりもう少し昇華させたかたちで伝えることができるといいなと思います。


実際に本格的に旅の話を書くのは次回からとしまして、今回はその前提となる状況説明をしておこうと思います。「なぜインドか」「なぜ一人か」「当時のインドの状況と認識」の三点です。

まず、一点目。わしがインドに旅立ったのは2005年3月。すみません、すでに「何日」という情報が抜け落ちております。大学の卒業式に間に合うように帰ってくるべくプランを立てていたので、たぶん、3月9日とかそのくらいではなかったかな…。期間は12日間だったと思います。これは、間違いないです(…たぶん)。

できることなら大学在学中に一度はインドに行ってみたいという思いはずっと持っていました。それは友人に借りた遠藤周作『深い河』を読んだことがきっかけだったと思います。『深い河』はインドを舞台とする小説で、彼の地の死生観や宗教観が散りばめられた作品でした。生きていることの前提、死ぬことの前提、何もかもがまるで日本とは違う彼の地の有り様。小さな文字の羅列から想像するのではもの足りず、「ぜひこの目で」と思った読者が数多いるであろうなか、そのうちの一人がわしであった、と。そういうわけです。

とりわけ興味を引いたのが「ガンジス」。『深い河』もその名の通り、この河がストーリー上重要な意味を持っており、そのせいもあって「インドといえばガンジス川」、という図式がわしの頭の中にきれいに成立していたのです。とんでもなく汚い河であるにもかかわらず、それは畔に暮らす人々の生活の重要なインフラであり、インド人の多くを占めるヒンディー教徒にとっての心の拠り所であり続けている。どんな河なのだろう。見てみたいし、できることなら自分自身で沐浴もやってみたい。

『深い河』を読んで以来「ガンジス・ラヴ」な状態を引きずったままのわしでしたので、いよいよインドに行くことになり旅程を組み立てるにあたっても、当然メイン・ディッシュは「ガンジス」。思えば無駄に長く居過ぎた気もするくらい、貴重な12日間のうち多くの時間を、ガンジスの流れる町・バラナシでの滞在に当てたのでございました。

二点目。一人の理由について。当時「インドに一人で旅行に行く」なんていうと、それを聞いた人は皆「かなり勇気があるね」「すごいね」という感想を漏らしたものですが、わしもできることなら誰かと一緒に行きたかった(涙)。当初は一人で行く気などさらさらなく、気の合う友人2、3人で行こうと思っていたのでした。

ところが…、自分のスケジュールが決まったのが遅かったせいもあり、誘えど誘えど断られました。やっと引っかかった友人からも、突然「やっぱり無理」となんとも切ない連絡が。「地球の歩き方」などのガイドブックには、「インドはとても魅力的な国だが危険も伴う。特に外国人旅行者を狙った犯罪が多発しており、スリや詐欺はもちろん、強盗も起こる。インドを旅慣れた旅行者や、やむを得ない事情がある人を除いては、一人での行動はできるだけ避けよう」というような脅し文句が書いてあります。旅行計画初期は「ふーん」と軽く流していたこの記述も、日が経つにつれ「……俺のことじゃねえか」となんとも嫌な気分にさせてくる。そして、心の闇を晴らすべく旅のパートナー探しを続けていた徒労が癒えぬ間もなく、人数追加が不可能な時期が到来し、成田へと向かう日が到来したのでありました。

これも今思えば、一人で行った分、いろいろな人と接する機会を得たのだろうけれど、それも五体満足で帰ってこられたから言える後付けの話。おいおい記しますが、かなり肝を冷やすような話もあったのです。…というわけで、「一人」ということには特に狙いはございませんでした。

最後の点。2005年当時のインドは、詳しい数字はわからないけれど、すでに急速な経済発展を遂げている時期だったように記憶しています。BRICsという言葉もとうの昔にあった。もっとも、オランダの世界的な鉄鋼メーカー・アルセロールへの大買収劇を繰り広げたミタル・スチールや今や激安自動車「ナノ」でおなじみとなったタタ自動車などが脚光を浴び、固有名詞としてインドの大企業が広く知られるようになるのはもう少し後のこと。やはりそのころ急成長株として注目されていたのは、なんと言っても中国でした。

旅行先としてインドを選ぶマインドも、経済的に発展した都市にではなく、悠々と流れる大河・ガンジスや、何世紀にも渡る歴史を刻みつけなおそこにあり続ける数々の遺跡に向けられているように思います。少なくとも、当時旅行代理店が発行していたパンフレットの類はそのようでした。わしも当時、インドという国の位置づけとして、「東南アジア圏の一国」であり、ほとんどかつて自分が旅行したタイやカンボジアと同等程度としか捉えていませんでした。こっちはもっと治安が悪そうだぞ、くらいの感覚しかなかったかもしれません。

社会人となってから、一度だけインドに出張に行くという機会に恵まれました。学生時代に触れたインドとの差異を確かめながら、よりその国を深く知ることができるありがたい機会となりました。出張で訪れたインドはさらに経済発展しており、首都ニューデリーでは自動車の交通量も増し、よくわからないけれど建設業者が至る所で工事を行っていました。消費を煽る派手な広告看板がよく目に付きました。

その時に比べれば、学生時代に訪れたインドは、もう少し穏やかで、自然な時間の流れの中に人々の暮らしがあったように思います(もちろん、すべての都市を回っているわけではないし、それが良いとか悪いとかいう価値判断とも別の話です)。「今のインドより、ちょっとスローテンポな空気が流れている時期に旅行に行ったのだなあ」くらいにご理解いただければ。

…そんなこんなで、『深い河』に影響され、今よりゆるい雰囲気のインドに、やむを得ず一人で、旅に出ることになったワタクシ。彼の地でどんな人に出会い、どんなものを得たのか。悠久のガンジスの流れの如く、ゆっくり、まったり、書き起こしてみようと思います。宜しくお付き合いください。
posted by サイダー at 00:49| Comment(1) | TrackBack(0) | 自分自身 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月03日

久々に最近の出来事についての雑感


お疲れ様です。結局四月は一度しか更新できずもう五月となってしまいました。今月はもうちょっと頑張ろうと思います…。

上のニュースについて。メキシコを中心に猛威をふるっている新型インフルエンザ。WHOが警戒レベルを「フェーズ5」としたのは史上初とのことで、今後どれほどの被害を世界にもたらしうるのか、注目が集まっています。

このインフルエンザは「感染力は強いが、毒性は強くない」ということで、報道でも「大騒ぎせず、通常のかぜの予防を心がけていれば大丈夫」と呼び掛けているのだが、そんなことを言っている割に「一番大騒ぎしているのは報道自身ではないか」と思わずにはいられない。「感染者が●●人に達した」とか「●●でも感染者確認」などの報道が連日のようにトップニュースに挙げられれば、ただ事ではないと感じるのは当たり前だと思う。横浜の高校生が新型インフルエンザに感染しているかどうかという問題も、さながらバイオハザードの「G-virus」ばりに重大な病原体を持っているかのごとく、周囲が勝手に騒ぎすぎている印象が強い。どこで何をしていたかなどプライバシーにかかわる部分も明かされてしまい、当人にとってはひどい迷惑だったであろう。

罹患者の致死率が100%ならともかく、結局は「ただのH1N1型インフルエンザ」なのであるから、それ相応の報じ方というものがある気がするのだが。もっとも、今回の報道はかつての疫病関連報道に比べればまだまともだと思える。特に、かつて狂牛病報道で公然と「牛肉が危ない」風評を助長し続けたころに比べれば天と地の差があるとも言える。当初「豚インフル」とされていた呼称が「インフルA」または「新型インフル」に変更されたことも幸いしたか。

まずは新型がヒト・ヒト感染を経て強毒性を持つようになるかどうか見守っていきましょう。

さて。五月に突入しましたので、「五月雨式」 につらつらと…(要はそんなにネタがない…)


▼二世議員の立候補制限

例のインフルエンザが話題になる前に、ちょっと論点になったのがこの話題でした。いわゆる「二世議員」など、世襲議員の立候補を制限するというルールを設けようという提案が永田町に波紋を広げている。新聞で渡辺喜美議員が「二世議員故の大変さ」をつらつらと語り、制限の理不尽さを暗に訴えていましたが、議員の仕事で食っている現二世・三世の議員たちにとってはまさに死活問題。

日本の政治が停滞しているのは、地元地盤の利益を代表する議員が何代にもわたって議会に居座っているからで、それを無理やり制限すれば、さわやかな風が議場に吹くであろうという議論はだいぶ前からあったように思います。これはもっともな意見のような気がしますが、果たしてどうかと思えるような部分もある。

小選挙区選挙を例にとると、親の力を持たない候補者がどのような活動で票を獲得しようとするかといえば、王道は地盤を作るために地元の各ステークホルダーと関係を作ること。各候補者がそれを一からやるのは難しいため、結局は所属する政党の力に余計にすがることになるでしょう。つまりは政党の築いたこれまでの「地盤」がしっかりしているほど選挙に勝てるという構図は変わらない。二世議員云々の話ではないと思います。

また各ステークホルダーとの関係を強固に作るのは、時間もコストもかかり埒が明かないと考える候補者もいるかもしれない。それよりはマスコミに働きかけ、一般的な知名度を上げることで票を得ようとするやり方もあるでしょうし、現にそういうことは今もやられています。そちらにもっとドライブがかかり、テレビの前でうまいフレーズを言う能力ばかり優れた議員が跋扈するようになったら、いったいどんな政治になるのでしょうか。それこそ官僚が操縦し易い国会になってしまうのではないでしょうか。

ちなみに憲法14条には「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」と規定されていますが、この制度は「国民を門地によって政治的に差別をする」ものにほかなりません。「政治に関わりたいのに、生まれが理由で関われない人を作る」というのは、江戸時代の士農工商レベルまで逆行する話です。そんな制度を是認してまで二世議員を憎む暇があれば、もう少しまじめに投票に行った方がよほど良いと思います。

そもそもこの議論をするにあたり、「二世だろうがそうじゃなかろうが、当選落選を決めるのは、有権者自身である」という認識が欠如していることが非常に気になります。二世だとあたかも即当選し、それが世の中に悪い影響をもたらす、そしてそれが、「自分の与り知らぬ世界で繰り広げられている」、そういう認識でこの問題を捉えている人があまりにも多いように感じます。そんなに二世議員が厭ならば、こういう制度を議論する以前にもっと簡単なことがある。自分たちが票を投じなければよいという、ただそれだけのことです。

なんでも国任せ、遠い出来事というスタンスを改めない限り、世襲だろうがそうでなかろうが、政治が改まることはないと思うのでありました。


▼エコカー減税と高速料金1000円

標題の話の前に、エコカー絡みで最近聞いた恐るべき話。「プリウスは、すごくカネがかかる」。環境性能を売りにしているトヨタのハイブリッドカー・プリウスは、燃費の良さが自慢。燃費が良いということは必然的にお財布にも優しいということになるはずですが、その部分についてはまったく謳われていない。なぜか。

どうも搭載しているバッテリーを定期的に交換しなければならず、それに10万円以上の費用がかかるのだそうです。結局日々の運転で安く上がった燃費分も、それで相殺される、もしくはもっと高くつくことになりかねないので、「環境にもお財布にも優しい」とは言えないという話。

ディーラーでクルマを買う時には少なくともこのへんの話はされているはずなので、それでもプリウスが売れているということは、「そういう費用負担をしても良いから環境のことを考えたい」と考えている人が多いということなのでしょうかね。あんまりクルマのことはわからないのですが、同じく売れに売れているホンダのインサイトも、もしかしたらそういうコストがかかるにも関わらず買われているのでしょうか。日本人は環境意識の高い国民だったのですねえ。

さて標題の件。燃費の良さや二酸化炭素排出量が一定の基準をクリアしているクルマについては、自動車取得税と重量税を軽減するという「エコカー減税」が導入されてしばらく経ちます。高速料金休日1000円ぽっきりというサービスもスタートし、日本国を挙げて「自動車産業頑張れ!」というムードになっております。

「安くするから環境にやさしい自動車を買ってね!」
「どこまで行っても1000円だからたくさん走ってね!」

うう、すごい矛盾を感じてしまうのはわしだけでしょうか…。まあ公に「景気対策が主目的」と打ち出しているので、そこまで突っ込む気もありませんけど。

本当に本当に環境のことを考えるのなら、使えるクルマを最後まで使うとか、中古車を検討するとか、「資源」という側面をもうちょっと考えた方が良いと思うのですが、国を挙げてのキャンペーンなので、マスコミも加担しており、そのへんのことは触れられない。この連休で早速高速道路も混雑しているようで(場所によっては50キロの渋滞とか)、その間のアイドリングを考えれば二酸化炭素の排出に明らかに悪影響を及ぼしているとは思うのですがね(そういう細かいことを言っても仕方ないとは思いますが…)。

今年はいよいよ三菱自動車の「i-MiEV」も発売になり、エコカー戦争とも呼べるような販売合戦が繰り広げられそうです。「i-MiEV」が400万円ほどとまだまだ高い電気自動車ですが、これもやっぱりバッテリー交換でさらにお金がかかるのでしょうかね。もしこれが飛ぶように売れたら、日本人の環境意識は筋金入りと言えると思います。どれほどそれに食いつくものかどうか、エコカー減税の効き具合と合わせて注目したいと思います。

五月雨式と言いつつ、結局ふたつしか書くこともなく…。もうちょっと頑張ろう。ではまた。
posted by サイダー at 18:59| Comment(0) | TrackBack(2) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月25日

三国志についての雑感


お疲れ様です。いろいろあってだいぶ間が開いてしまいましたね。

上のニュースについて。北朝鮮のミサイル発射の300倍くらいインパクトのある話です。最初聞いた時は冗談かと思いました。まあこれほどの著名人なので、マスコミ各社もしばらくはこのネタで飯を食えそうですね。韓国では検索ワードで「草g剛」がダントツトップだとか。それにしても事件発生から一瞬で隣国にまで情報が伝わっているというのは、恐ろしい世の中でございます。

個人的に意外だったのが、「同情論」というか、警察の逮捕と家宅捜索はやりすぎではないか、という意見が多いこと。逮捕した赤坂警察署に対しては抗議の電話が鳴りやまなかったというし、有識者・コメンテーター筋でもそういう意見の人が結構いる。さらには身の回りでこの話をしていても、「かわいそう」「やりすぎ」の声が多かった。

いろいろ意見があるとは思うけれど、個人的には今回の逮捕と家宅捜索は十分妥当性があったのではないかと思います。夜中に公園で素っ裸の人がわあわあと喚きながらでんぐり返しを「独りで」やっていたら、まあ尋常ではない(笑)。警察ならば「酔っている」のさらに先、「極まっている」のではないかと疑うでしょう。違法薬物使用・所持の疑いがあるとすれば、保全すべき最も重要な証拠は「身柄」であり、次に「家屋」です。ですから今回の一連の警察の行動は、証拠の保全という重要な職務上の見地からは、ごく自然なことだったのではないか、と思うのであります。

まあ、かつて事件を起こした吾郎ちゃんも今では元気に活躍しているし、薬物もやっていなかったのですから、剛くんも遠からず帰ってくるでしょう。

さて。

最近映画「レッドクリフ」「レッドクリフPart2」の影響もあり、盛り上がりを見せている「三国志」。週刊誌でも「日本人に人気の三国志の登場人物ランキング」のような記事が出ているなど、三国志好きのわしとしてはちょっとうれしかったりもします。

三国志は中国の歴史モノのなかでは「項羽と劉邦」と同じか、もしくはそれ以上に日本人に知られている話ではないでしょうか。かつてテレビでやっていた「人形劇・三国志」はものすごい人気だったと聞きますし、横山光輝氏の名作漫画「三国志」は、全国のあらゆる図書館に所蔵されていそうな勢いです。ゲーム会社・コーエーが出し続けている「三国志」シリーズは、「ドラクエ」シリーズにも並ぶロングリリース作品になっています。さらに遡れば「水魚の交わり」とか「苦肉の策」などという日本語の慣用表現も、おおもとは三国志の出来事がベースになって生まれた言葉です。これほど日本で社会的地位を築いた三国志ですから、「レッドクリフ」の興行が当たっているのもなんとなく頷けますね。

映画のタイトルにもなっている「レッドクリフ=赤壁」で起こった戦いは、三国志の物語の中でもハイライトと言えるシーン。大船団で押し寄せた数十万人規模の軍勢が一晩にして炎の渦に飲み込まれ壊滅してしまったという物凄い戦いで、歴史の流れを変えるくらいに大きな意味のあるものでした。戦場がビジュアル的にとんでもないことになっていることは想像に難くないのですが、ゲームでも小説でも漫画でも、なかなかそのインパクトを伝え切れているものはなかったように思います(当たり前ですが)。なので、映画ではどれほどの迫力で描かれているものなのか、ちょっと見てみたい気がしますね。

そして「レッドクリフ」で三国志にはまった!という人はぜひ小説を読んでいただきたいです。わしは吉川英治氏の三国志を読んでいましたが、これがまた良い。当時は愚かなことに小ガネ欲しさに古本屋に売ってしまいましたが、また近年「なんという愚かなことをしたのだろう」と猛省し、全巻買い戻しました。

何がそんなに良いかといえば、まず三国志に登場するたくさんの英雄たちの世界に浸れる(笑)。筆致は割と淡々としているのですが、随所で英雄たちに言わせる台詞が見事すぎて、「くぅ、やられた!」となってしまう。個人的に大好きなのが「賈詡(かく)」という武将(策士かな)で、彼が随所で主君に告げる一言がまたいい。敵将・曹操(三国の一つ「魏」の礎を築いた大英雄)が大軍で攻めてくると不安がる主君・張繍に対し、彼は平然と「彼は自分の策略に自信があるので、その裏をかくのはたやすいことです」と言い、実際に散々に曹操を打ち負かす。退却する曹操軍を見た張繍は「これはチャンス」とばかりに追撃するのですが、死に物狂いの曹操軍の反撃に遭って戻ってくる。そんな彼に向かって賈詡は「何をやっているのです。追っ手を撃退したと思って向こうが安心している今が一番の追撃の機会なのだから、さっきの倍の兵で再度攻めなさい」。で、実際に再追撃をして多大な戦果を挙げた。張繍は不思議な顔で「どうしてやることなすこと、全部お前の言ったとおりになるのか」と問う。賈詡は涼しげな顔で「相手が引けば押し、押せば引く。万事ものの道理に従っているだけで、何ら変わったことはしていませんよ」とさらりと言ってのける。いやはや、かっこいいじゃないですか〜〜。

なんて、一人で盛り上がっていますが…まあたくさんの英雄たちが登場する話ですので、わしにとっての賈詡と同じように、誰でも一人はお気に入りの登場人物が現れると思います。まあ中には登場&即死という物悲しいキャラクターもいるにはいるのですが、うまいこと曹操、劉備クラスの主役級登場人物を気に入ったとすると、かなりロングスパンの感情移入で作品を楽しめると思います(笑)

そして小説を、特に吉川氏の作品を、おすすめするもっと大きな理由は、古語に強くなれることです。普段お目にかからないような漢字がごろごろ出てくるし、送り仮名などで「況や〜〜をや。」というような昔の言い回しなども随所に登場。多少意味が分からなくても、前後の文脈から推測しながら読むことができるので、国語力アップにはもってこいです。おかげで高校の漢文の授業はだいぶ楽に受けさせてもらった気がします。読みたくもない教科書読むより、好きなものを読んでいるほうがよっぽど頭にも入りますのでね。

そんなこんなで小説を読んで、さらにはまってしまった人には、前述のコーエーのゲーム「三国志」シリーズをおすすめします。数ある英雄たちの一人に成り代わり、中国全土の統一に向けて、内政や戦争に明け暮れる歴史シミュレーションゲームです。小説で出てきたキャラにビジュアルがつき、しかも主役級のキャラはだいたいかっこよく描かれ、能力も高いので、そんなキャラを仲間にしていくだけでも楽しめます。ゲームが進行していくとだいたい史実のとおりにはならず、あっさり曹操が滅ぼされ、公孫讃(歴史では割と早めに滅ぼされた将軍)が強大な軍勢を誇っていたりするのも、また一風変わった三国志が味わえるポイントでしょうか。

極めつけが「仮想シナリオ」というやつで、史実とは異なる初期設定でゲームを始めることができます。曹操に滅ぼされたはずの勢力が、逆に曹操を打倒した状態でゲームがスタートしたり、とんでもない強さを誇っているはずの武将が、ただの非力な無能武将になって登場したり。三国志の英雄たちすべてを愛してやまないというクレイジーなファンには、年代を超え、寿命も超えて、物語に登場するキャラクターが一堂に会する「オールスター大戦争」のようなシナリオもあります。あまりに無茶苦茶なのでわしはやったことないのですが、それはそれで物凄く楽しめそうな内容であります。

三国志のゲームはやりこみ度が高く、非常に熱中できる名作だと思われますが、あまりにはまりすぎて気がつけば朝……ということもざらでございます(笑)。くれぐれもご注意下さい。

そんなわけで、「映画」→「小説」→「ゲーム」の順で、三国志ワールドにはまる人が増えていくのを願いつつ、失礼いたします。今回は結構な駄文ですね…すみません。
posted by サイダー at 01:37| Comment(0) | TrackBack(1) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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