2007年12月30日

我々は何処へ行くのか

今年ラストの記事になります。最後に本当に言いたかったことを書きます。

先日の新聞で、大変ショックな記事を見ました。パキスタンのブット元首相爆殺ではないです(それももちろん衝撃的だったけど)。日本の国民一人当たりの国内総生産(GDP、名目ベース)が、OECD参加国内で18位に順位を落とし、全世界でのシェアは10%を切ってしまった(9.1%)という記事です。

国全体で見れば、日本はアメリカに次ぐ第二位。順位を落とした背景には、GDPの算出がドルベースで行われ、円安の日本が不利になり、ユーロ高のヨーロッパが有利になったということもあります。世界との比較なので、日本の中だけ見ている分には何も動きは無いかもしれない。別に生活が貧しくなったとか、そういうわけではない。

世界における日本の影響力が、どんどん小さくなっているという、ただそれだけのことです。


「アメリカに次ぐ、世界第二位の経済大国」


そういう言葉を、小学校や中学校の社会科の時間に本当によく聞いていました。大学入試の試験や大学に入っての課題で、「世界に対して日本が果たす役割」について、日本語、時には英語でレポートを書いた記憶があるけれど、そのときも馬鹿のひとつ覚えのように、「大きな経済力を持つ先進国として…」というようなフレーズを遣っていた気がします。

幼少の頃からの繰り返しの刷り込みのせいか、自分の中では、日本という国は「世界第二位の経済大国」であり、それを出発点として、日本のあり方、日本と他国との関係性を考えていたんですね。

もちろん、中国などBRICsと呼ばれる国々やアジア諸国は数年前から目覚しく経済発展していたわけだし、アメリカがアジア外交のプライオリティを日本から中国にシフトしたのも、一昨年前から顕著になってきてはいました。

そういう事象は日々いろいろと頭に入ってくるのだけれども、やはり思考の中枢には、「世界第二位の経済大国」という言葉がずっと居座っていた。

それが、あの記事を見た途端に、なんというか、さーっと頭の中から剥がれ落ちていったというか。「経済大国」という言葉が本当に寒々しいものでしかなくなってしまいました。確かに、いまだに世界で第二位ではある。けれども着実に、世界の中で順位を落とし続け、影響力を失い続ける様子が、頭の中に描けてしまった。同時に、悲しいことだけれど、「日本とは何か」を規定する言語が、自分の中に見つからなくなってしまった。

こういう話は、前々から議論されていたことで、特段目新しい話題ではないのかもしれませんが、自分の実感値としてここに記しました。教育機関による子供への刷り込みが良いか悪いかは別として、少なくとも俺は「世界第二位の経済大国」という言葉によって日本を捉え、それをベースに物事を考えてきた時期がありました。今それがなくとも、少しは物事を見知った人間に成長しましたから、またいずれ日本像を再構成することもできましょう。

もしも日本人に共通の現象として「世界第二位の経済大国」が失われているのだとしたら。今まさに、学校に通っている子供達に、我々は「日本」をどう伝えればよいのか。薄ら寒いものを感じながらも「世界第二位の経済大国」を貫き通すのか、全く新しい日本の姿を指し示すのか、だとすればそれはいったい何なのか。それとも、何も伝えられないまま、「大人」にしてしまうのか。

来年は衆議院が解散し、総選挙が行われる公算が大きいようです。勝つのは自民党でも民主党でも、どちらでも良いのかもしれない。

我々は何処へ行くのか。この問いに答えてくれさえすれば。
posted by サイダー at 17:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

伏龍・鳳雛とは言わないまでも

訳あって新年のご挨拶ができませんので、その代わりに…というような記事です。

皆様、毎年毎年お世話になっておりますが、今年もやっぱり大変お世話になりました。

清水寺で毎年やっている「今年の日本を表す漢字」。2007年は「偽」でしたね(かつての記事で今年は「斧」とかそんなことを言っていたような気がしますが、まあ順当に考えればこれですわな。それにしても船場吉兆の女将は俺の中で伝説的な存在になりつつある(笑))。日経プラスワン(土曜版)では「自分にとっての今年の漢字」というのをやっていましたが、それでは「忙」が一位になっていましたね。

皆様にとっての今年一年はどんな年だったでしょうか。漢字で表すとどんな文字でしょうか。

俺にとっての2007年、漢字で表すと何だろうと考えてみると…、「漲」なのかなという気がします。「みなぎる」という字です。遠くの的に狙いを定めて力強くぴんと張りつめられた弓のような、ぐっと身を膨らませて今か今かと春を待つ花の蕾のような、そんな状態。

今年は本当に良い仕事が色々と出来ました。どこまでも謙虚にあらねばなりませんが、着実に自分が成長していることを実感できる「成果」があった。次はもっと高いレベルの仕事ができると確信できる「手ごたえ」があった。だから躍動する来年に向けて、力を漲らせている状態。それが今年だったのかなと考えております。

もうひとつ結婚ということもあります。今年の初めからずっと準備をしてきたけれど、それはあくまで準備であって、本当に頑張らなければならないのは、来年。もしかしたらこれまでの人生で最も自分と言うものが試される年かもしれないなと思いつつ、期待しながらもものすごく緊張している状態です。

人生の九割くらいを自分のことしか考えずに生きてきて、最近ちょっとだけ周りや世の中のことを気にしながら生きるようになって、来年からは二人で生きていかなければならない。自分のことは自分が良く分かるし、自分で何とか生きていけるし、生きてきたんだし、生きていくんだろうけれど、結婚によってそれとは次元の違う課題ができ、課題を乗り越えていく責任と、責任を果たすための能力が求められるのだから、これは大変だなと。

無責任な俺が珍しく「責任」を感じていることがすごい(笑)

果たして来年の年の瀬に、「今年の自分は『躍』だった」と自信を持って言えるかどうか…。なんとしても『厄』なんてことにはならないように、がんばります。それでは。
posted by サイダー at 17:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 自分自身 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月21日

かつての名作は今も名作であり続けるのだろうか

ご無沙汰しております。大麻、散弾銃、霊感商法、和牛商法…。年末まで世の中騒がしいですな。散弾銃と聞くと、必ず「バイオ・ハザード」を連想してしまうのはなぜだろう(しかもジル)。そして、テレビは霊感商法は叩くのに、どうして細木数子や江原啓之には何も突っ込まないのだろう。

そして別に年末にも事件にも何にも関係ないのですが、今回は「ファイナル・ファンタジーW」について書こうかと。まったく世間とは関係のない、言わば表現の引きこもりなわけですが、今さらながら、とても素晴らしいゲームだったなあと。

あのゲームが出たのは、たしか俺が小学校低学年の頃だったような。その頃すでに「ファイナル・ファンタジー」シリーズは大ヒット作で、生みの親の坂口博信という人も脚光を浴びていた気がする。Wは初めてスーパー・ファミコン(懐かしい…16ビット…)で登場したのだね。

戦闘には「アクティブ・タイム・バトル」という方式を導入して、何もしないとどんどん敵が攻撃してくるので、おちおちトイレにもいけないというあの緊張感(膀胱の)。各キャラにちゃんと特性があって、できること・できないことが明確に決まっているのも良い。続編のXもYもZも、キャラの姿かたちこそ違えど、全員どうにでも育てられ、属人的なスキルもほとんどなく、戦闘の上での個性がなくなってしまうのが興ざめであった。

そんなゲームシステムのことを差し置いても、何よりも素晴らしいのがあのストーリーね。プレイしていて心が痛む。国語の教科書に載せたい。少なくともスイミーを読んでいる場合じゃない。

登場人物にカインという青年が出てくるのですが、この人の描かれ方がすごい。主人公セシルの親友として共に戦う騎士カイン。彼は悪役のゴルベーザの魔術により心を操られ、たびたび主人公たちを裏切り、敵の元へと走ってしまう。にもかかわらず最後には主人公たちと合流し、ラスボスを倒すための旅に出る。そしてセシルの恋人ローザのことを実は密かに思い続けているカイン。結局彼の思いは最後まで表に出る事はなく、二人の愛が深まるのをじっと見ていることしかできない。

度々の裏切りで仲間からは完全に信用をしてもらえないであろう辛さと、秘めた恋心を打ち明けられない辛さに耐えて耐えて、それでも必死で主人公を助けるカインの姿を想像するにつけ、「これは人間の悲哀がこめられたゲームだ」と痛感させられましたね。小学校の時分でも。しかも、ゲームのタイトルロゴのバックには、毎回何らかのイラストが入っているんですが、Wではそれが横を向いたカインの姿なんですよ。それがとても印象深くて、「このゲームの本当の主人公はカインなんだろうなあ」と思ったりしたもんです。

あれほどキャラクターについて考えさせられたゲームは、ついぞありませんでしたね。「のめりこんだ」という意味では例外として「かまいたちの夜」という超名作ゲームがありますがね。大学受験勉強を機にプレステを卒業して以降、最近までろくにゲームなんかやってませんけど、最近はどうなんでしょうか。画とか音の綺麗さばかり追求しているのかな。分からないけど。

ちまたではニンテンドーDSが売れに売れておりますが、任天堂もすごい舵の切り方をしましたですわね。ターゲットを思い切って中高年に設定し、家計簿だか脳のトレーニングだか知らないが、ろくにゲームとは言えないようなシロモノを見事に価値化しましたからね。あんなソフトに開発費も何もないわけで、安く売ってもすぐに元が取れる。

これまでゲームというのは、莫大な時間とカネと人材を注ぎ込んで、長期的にコストを回収するビジネスだった。これはさっき言った「ファイナル・ファンタジー」なんかが代表だわな。任天堂は「安い・早い・うまい」じゃないけど、コストをかけずに矢継ぎ早に商品を生み出し、短期間でそれを回収する。要はビジネスモデルの変換をしたわけだ。お見事ですな。

数年前に任天堂の株をたくさん持っていた人は、今株価が何倍にもなって、莫大な含み益を手中にしているそうで。それこそゲームの結末のような話。
posted by サイダー at 21:18| Comment(1) | TrackBack(0) | 経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月05日

大麻にまつわるエトセトラ

こんにちは。もう今年も残すところ一ヶ月を切りました。ついこの間まで半そでの服を着ていたような気がするのに、今ではコートが手放せない。あっという間すぎる…。

あんまり良く知らなかったのですが、関東学院大学の事件が話題になっております。ラグビー部の部員でレギュラーにもなっている学生たちが、大麻を吸引していたそうで。

関東学院といえばラグビーでは名門中の名門。わざわざ憧れて入ってくる人たちもいるというくらいのラグビー部ですから、まあ世の中へのインパクトも強かった。名監督である春口氏がこういう形で辞任することになったのだから、さらに話題にもなるだろう。

でも正直あんまり驚かないね。前もどっかの大学のラグビー部だかアメフト部だかの部員が女性を暴行したとか、そんな事件があったじゃないですか。そういうこともあるので、「ああまたか。彼らのやりそうなことだ」くらいにしか感じない。

けれど、さすがに「栽培してた」ってのは驚いたわ。育ててまで吸わんとするその執念に脱帽。きっとこれが持ち前の粘りのラグビーにつながっているんだねえ。

関東学院は昔住んでいた場所の近くにあるので良く知っているのですが、キャンパスはともかく学生寮がひどすぎる。今はどうなっているか良く知らないので間違っていたら申し訳ないけど、赤錆だらけの手すり、蹴りを入れれば穴が開きそうなドア、廊下には古びた二層式の洗濯機という、「ナニワ金融道」で借金を背負って落ちぶれた家族が住んでいるボロアパートを、リアルに再現した感じであります。

大麻は育てると色も鮮やかで、場合によっては花も咲く。考えようによっては、すさんだ住まいですさんだ生活を送っていた部員たちが、せめて暮らしに彩りとゆとりを加えようと大麻の栽培を行った可能性も、あながち否定できないのではなかろうか(嘘)。

それにしても、大麻…。そんなに良いのでしょうかね。
俺は大麻を恨みこそすれ、吸いたいとはこれっぽっちも思わないけれど。

思い起こせば、かつてインドに一人旅をしていた時であった。ガンジス川沿いのドミトリーに数日泊まっていたのだが、部屋が一緒の日本人の若者たちが、夜な夜な屋上でハシッシ(大麻の一種)をやっておりまして、コーラを飲みながらそれを吸引しては「ああ、極まった」とか言っているわけです。

ふと悲しくなったのは、その頃「自分探し」という、それさえ言っていれば親に迷惑かけようが長期間どっかに旅行できるという、魔法のようなコトバがちまたの若者の間で流行っておりました。ハシッシをやっていた彼らも、もう半年、場合によっては一年以上インドに滞在していたのかな。俺も当時は「自分探し」に影響されていたけど、「自分探し」の結果こんなふうに大麻やりながらだらだらと生きている自分と同じくらいの若者を目の当たりにして、なんだかとても悲しくなってしまったのですわ。別に話せば普通の青年たちなのだけどね。

さらに宿には一人、会社を辞めてインドに来たというヒゲ面のおっさんがいて、「挨拶代わり」と言っていろんな人にハシッシを勧めていた。彼には悲しさは感じなかったけど、なぜか同情はできた。いい年こいてこんなことをやっているのだから、きっと日本でつらいことがあったんだろうな、と。

インドで大麻は合法なので、実はまったく問題はないんだけどもね。

そして迎えた帰国の日、成田空港に降り立ってみると、なんと空港警察の連れた麻薬犬が猛然と俺に吠え掛かるではないか。「麻薬犬が興味を持っている」からと、取調室で小一時間、荷物を改められ、言いたくもない事を言わされ、とにかくひどい仕打ちを受けたのである。

それもこれも、あのドミトリー。あそこで「自分探し」の人たちによって炊かれていたハシッシの煙が、俺の衣類にしっかりついていたのである。そんなわけで、大麻の類は大嫌いなわけです…。


関東学院ラグビー部の皆さんは、ぜひインドのガンジス川沿いで、自分が見つかるまで大麻を吸引してみてはいかがでしょうか? 場所、教えますよ〜。
posted by サイダー at 00:37| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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