2008年08月21日

大野病院帝王切開死事件判決についての雑感


上のニュースについて。果たして真相は。新たな冷戦時代の幕開けとなるのでしょうか。高校の世界史で担当の先生が、ロシアを突き動かしているのは常に「凍らない海への渇望」であると言っていました。「確かにな」という気がしますね。

さて。

今日の新聞で大々的に取り上げられていたのが、福島県の大野病院で2006年に起きた事件の判決。以下、概要の報道です。

福島県大熊町の県立大野病院で2004年、帝王切開手術を受けた女性(当時29歳)が死亡した事件で、業務上過失致死と医師法(異状死の届け出義務)違反の罪に問われた産婦人科医、加藤克彦被告(40)の判決が20日、福島地裁であった。
鈴木信行裁判長は、「標準的な医療措置で、過失は認められない」として無罪(求刑・禁固1年、罰金10万円)を言い渡した。
医療界からは、医師の逮捕に対して反発の声が上がり、元々勤務が過酷とされる産科医離れが進むなど波紋を広げたとして注目された。(以上、8月20日付 読売新聞ウェブ記事より抜粋)

今回の事件の特徴としては、加藤被告を検察が逮捕したことによって、医師会がこぞって反発の声明を挙げ、検察側の進める訴訟に対する大ネガティブキャンペーンを展開したことでしょうか。それはともかくとして、こういう事件が起こると医師側が常々主張する「医療への萎縮」、わしは妥当性のある主張だと思っています。

分娩に関わらず、あらゆる医療行為は患者の生命・身体へのリスクを内在している。その担い手である彼らはプロフェッショナルであり、高度な技量と責任が求められるけれども、そこに「完全」を求めることは誰にもできないはず。

報道も、朝日や産経は珍しく歩調を同じくし、医師側にも配慮したバランス型の論調。読売は、医療問題に力を入れていることが関係しているのか分からないけれど、医師や医師会側に対してネガティブな表現が目立ちます。

この判決はこの判決として、とにかく医師側が勝った。けれど問題がそれで終わったわけでは無いと思います。検察側の主張や報道でも言われていた、「医師たちは仲間内でかばい合う体質」であるということ。今回の事件がそうだったのではとか、医療の世界全体がそうだとか、そんなことを言うつもりはないです。

世の中からは少なくとも、「医師たちは仲間内でかばい合う体質」であると思われている事実。これは「世間の思い込み、かんちがい」では済まされない、医師たちのもたらした問題です。医療など高度な知識と技術が必要とされる分野では、往々にして利用者(患者)と提供者(医師)の間に、情報の非対称性が生じやすい(その情報格差こそが、飯のタネなわけだが)。情報格差が放っておかれると、それは即、双方のコミュニケーション格差につながり、かんちがい、思い込み、不信、対立へとつながっていく。「かばい合う体質」と思われる素地があるのは明白でしょう。

「医療のプロ」を自任し、知識・技術を研鑽し医療行為に全身全霊を傾ける医師を悪いとは言わないけれど、本当の「医療のプロ」は、まず患者とのコミュニケーションのプロであるべきではないか。患者と医師がコミュニケーション上フラットな関係になれば、医療も通常の「ビジネス」として、失敗のリスクに対する世の中の許容性も、だいぶ向上するように思います。業務に追われ多忙で心にゆとりがない医師の勤務状況など、ハードルになる点もたくさんあるとは思いますが。

青臭いけれど、今回の事件が医師の方に対して、日ごろの患者とのコミュニケーションを見直すきっかけになり、患者と医師の絆が強まればいいなと思いました。

今年、ひとりの子供の父親になる身として。
posted by サイダー at 18:41| Comment(5) | TrackBack(1) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月07日

赤塚不二夫氏死去についての雑感


上のニュースについて。まあ組織によって見解はまちまちという話。バングラディシュの研究と国連の研究とNASAの研究、どれが妥当なのか。国連の報告も、ツバルのように「温暖化のために沈み行く土地があるんだ」ということを世の中に印象付けるためのもののような気もするし、かといってバングラディシュの研究のレベルが、果たして信頼に値するものなのかもちょっとわかりませんね。

いずれにせよ、広がっているというその陸地も、ちゃんと「陸地」として利用可能でない限りは意味がありませんね。農業利用できるとか、建物が建てられるとか。バングラディシュは洪水被害が物凄くて、海外からの投資の集まりにくい場所。それがアジアの中でいつまで経っても貧困から抜け出せない理由のひとつでもあるのです。いろんな国からいろんな支援がされていますが、洪水に泣かされない陸地こそが彼らの一番の望みでしょうね。

さて。

「おそ松くん」「天才バカボン」などの作品で知られる漫画家、赤塚不二夫さんが先日亡くなりました。歌手やタレントなどと違って、漫画という隔壁が間にあるせいか、亡くなったと聞いてもわしはあんまり心を動かされることはありませんでした。けれど報道を見ると、あのタモリが本当に悲しそうに哀悼しているなど、やはりただごとではないのだなあと感じます。

赤塚作品との出会いは小学生のときで、毎週土曜日の夜はテレビで「平成天才バカボン」や「もーれつア太郎」を見ていました。別にものすごくハマッて見ていたというわけではないのですが、いつの間にかあの強烈なキャラクターや台詞が刷り込まれていたのでしょうか。今でも結構はっきりと覚えています。中学校時代にはなぜか古本屋でバカボンの漫画を買って読んでいました。あんなにわけのわからない漫画もなかった(笑)

たとえばバカボンのパパの大学時代の友人がバカボン家に遊びに来るという話。みんな普通に会話している中で、友人の一人だけ、座布団とかいろんなものをかじって「あまい」しか言わない。けれど誰も突っ込まず、話の流れにもまったく関係ない…。彼は結局最後まで「あまい」しか言わずその話は終了。ええっ!?(笑)

みうらじゅん氏も産経新聞の赤塚氏追悼特集で、「ウナギイヌとか、変なキャラクターがたくさん出てくるのに、そこに何の説明もない。シュールすぎる」と語っていました。考えてみればテレビのバカボンで、話の途中に「閑話休題」的に劇画調の絵が差し込まれるんですが、あの絵はいわゆるシュールレアリズムの影響をかなり受けていたような(あんまり詳しくないけど)。けれどもそのシュールさこそが、中毒のように赤塚漫画を浸透させるキモなのでしょうね。

最後に伊集院光氏がラジオ番組で語っていたエピソードを。彼曰く、「若い世代は『平成天才バカボン』しか知らないが、昔は『元祖天才バカボン』というタイトルのアニメで、秀逸な作品がたくさんあった」そうです。そのうちのひとつが衝撃的な内容です。二人のギャング風殺し屋が、スリリングでアップテンポの曲が流れる中、ひたすらにいろんな武器を使って殺し合っている。台詞はいっさいなし。爆弾とかいろいろ使うんだけどもなかなか決着がつかないという状態が延々と続いて、最後は同時にピストルの弾に当たって二人とも死亡。そこで初めてバカボンのパパが出てきて、「これでいいのだ」。以上終了。

伊集院氏の話を聞いているだけで、独特のシュールな世界が目に浮かぶようです…。もしかしたら今後NHKあたりが赤塚氏の追悼特集をやるかもしれませんが、願わくばこの「二人の殺し屋」、ぜひ拝ませていただきたいものです。

赤塚氏のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
posted by サイダー at 15:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月01日

桐生第一高校甲子園出場についての雑感


上のニュースについて。第二次福田内閣が発足。郵政選挙で造反組として離党した野田聖子議員が、消費者行政担当相として入閣。彼女が「誰とでも寝る女」というわけではなく、自民党がまたどろどろの状態になっているということなのかしら。与謝野さんには期待です。

さて。

ちまたに通り魔が跋扈する今日この頃、彼らの間をするりと通り抜けて、お茶の間にやってきたスターが、強制わいせつ罪で捕まった桐生第一高校の野球部員である。いろいろと議論を呼んだものの、結局今日、桐生第一の甲子園出場が認められました。

以下、夏の甲子園を牛耳る朝日新聞の記事です。

選手権大会開幕前日の1日、野球部員が強制わいせつ容疑で逮捕された桐生第一の全国大会への出場が認められた。卑劣極まりない事件だが、近年、日本高野連は不祥事に関して連帯責任に問う目安を緩和しており、その方針に沿った判断となった。
 全国理事会では、事件の重大さを考慮し、「万引きやバイク無免許運転などの非行と同列に考えてよいのか」「内容次第で出場の可否も慎重に判断すべきだ」という意見があった。一方、今回の事件は帰宅後の私的な時間帯に起きており、「他の部員やチーム全体に責任を負わせることがよいのか」との意見も出たという。最終的に全会一致で出場が認められた。(8月1日付 朝日新聞ネット記事より抜粋)

「卑劣極まりない事件だが」という表現や、理事会の議論の様子を載せて「十分検討している感」を演出しているのは、まあ立場上「そうだろうな」と思います。

それはさておき今回の件、甲子園の大会が近いこともあり、被害に遭った女性そっちのけで、世の論点は「桐生第一が甲子園に出場する意向なのは、是か非か」にスライドしてしまいました。本当に大事なのは、こういう事件が繰り返されないためにはどうするかを議論することですが、我々大衆は分かりやすい事象にどうしても流されてしまうのですねえ…。

ちなみにわしは、今回の件、桐生第一は甲子園に出ても問題ないと思います。被害に遭った女性が例えば、テレビで桐生第一のユニフォームを着た選手たちが試合をしている様子を見たとしたら、そりゃあすっごく嫌だと思います。思うんですが、それでも彼女は、他の部員全員まで巻き込んで、「部として出場してほしくない」とまでは、思っていないんじゃないか。そう考えるのが一点。もちろん本当はどうだかわかりませんけど、たぶんそうなんじゃないかって話です。

あと一点は、連帯責任の考え方ですかね。組織の問題として論じることが妥当か否か。部全体で大麻やっていて、たまたまそのうち数人が吸っているのが見つかったという関東学院ラグビー部(懐かしいね〜)のケースと比較してみると分かりやすいんじゃないでしょうか。変態部員の行為の責任を組織に帰属させることが妥当でしょうか。

だとすると絶倫齋藤頭取が君臨するみずほコーポレート銀行なんかは企業活動を停止しないといけませんし、モナと渡辺アナのダブル不倫でアツいフジテレビは電波を止めなければなりませんし、二岡先輩のいる読売ジャイアンツは今期残りの試合全部不戦敗ってことにしないとおかしいと思うのですが、いかがでしょうか(ま、不倫は個人の自由。犯罪ではございませんがね)。

一番つらいのは被害にあった女性。けれど甲子園という最高の舞台が始まる直前に、組織の名誉をここまで汚されてしまった桐生第一の部員たちもつらい。きっと歯を食いしばるような気持ちでひたむきにプレイをすることでしょう。「出るな」「負けてしまえ」という声が聞こえる中で、果たして勝っても素直に喜んでいいのかどうか。そういう思いで甲子園に挑むことになった高校球児たちに、声には出さないまでも心の中で「つらいだろうけど頑張れよ」と声援をおくってあげるのが、大人というものではないでしょうか。

余談ですが、桐生第一の福田監督は空気を読んで辞任の意向を表明し、「指導が足りなかった」という謝罪コメントも発信しています。しっかし、「いいかお前らよく聞け。女の子を見てついムラムラ来ても、雑木林に連れ込んで、わいせつなことをしちゃいかんぞ。わかったな!」といちいち指導された日には、日本は滅亡しますね、きっと。
posted by サイダー at 22:29| Comment(2) | TrackBack(1) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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