2008年10月24日

のどにつまらせやすい食品についての雑感


上のニュースについて。ついに日経平均が8000円を割り込んでしまいました。わしの記憶が確かならば、日経平均が最も安かったのが小泉政権時代で、7600円くらいだったと思います(NHKの夜7時のニュースの終わりあたりに「為替と株価です」と言って出てくるあの画面と共に、なぜか脳裏に焼きついている)。もしかしたら週明けそれを更新してしまうかもしれません。

すでにリスク資産をすべて手放したから言うわけではないんですけど、率直な話、こうなったら落ちるところまで落ちて欲しい。小さい頃から、雨雲が出てとんでもない雷が轟いたりすると、無性にわくわくする性分でしたが、今回もまさにそんな気持ちです。この世の終わりが見てみたい。

さて。

マンナンライフの「蒟蒻(こんにゃく)畑」をのどにつまらせて死亡する事件が後を絶たないということで、最近再び論点になっています。この中での論点推移が非常に面白く、参考になる。

マスコミはこんにゃくゼリーをのどにつまらせて死亡したケースが再び見つかったという発表を受けて、こぞって報道し、新聞もテレビも「再発防止のためにメーカー側が果たすべき責任は重い」という論を展開しました。また厚生労働省が、食品での窒息死に関する件数データをまとめたことを受け、件数ランキングトップ10の中にこんにゃくゼリーが入っていることを例に上げ、やはり危険だと言う話に持っていったように思います。

けれど同時に、インターネットではまったく別の議論が展開されていました。それは厚労省のデータに関して、こんにゃくゼリーよりも餅やらパンやらの方がよほど件数としては多いのに、それらは規制されずに、こんにゃくゼリーだけ「子供とお年寄りは注意!」というような表示を強いられるのは不公平ではないかと言うものです。どちらかというとこんにゃくゼリーを擁護する姿勢です。

そのインターネットの議論に火をつけたのが、野田聖子消費者行政担当相のこの発言。件のデータについて、「餅はのどにつまることが常識だと認識されている(=餅については何らの規制も必要ない)」。これで一気にネットはこんにゃくゼリーの味方に。さすが大臣、炎上のツボをよく理解していらっしゃる(笑)

政府・政治家がこういう発言をすると、マスコミとしても突っ込みを入れざるを得ない。これまでマンナンライフをじわじわと真綿で締め上げていた新聞・テレビもその手を緩め、餅やパンはどうするのかという議論に足を突っ込んでいきます。

そのとき絶妙なタイミングで(失礼)、小学生がパンをのどにつまらせて死ぬという事件が発覚した。子供が死ぬとマスコミは絶対に無視できません。一気に、パン窒息死の他の事例や件数の議論、そして食品窒息死全般とその対策の議論へと話が広がっていきます。

結果として、当初槍玉に挙げられていたこんにゃくゼリーは、完全にスケープゴートを脱することができました。ここまでの紆余曲折、論調変遷のポイントをいくつか列挙しますと…

▼子供の死
これが非常に大きいかもしれない。そもそもこんにゃくゼリーも子供が死亡したことで大きな問題となりました。これがパンでも起きたから、議論は大きく変わりました。思えば六本木ヒルズの回転ドアや、破損したエスカレーター、クロックスなど、子供の死傷でたくさんの論点が巻き起こってきましたね。

▼政治家の不適切な発言
これも大きい論調変動要因です。野田大臣の発言が、たとえば「餅については窒息について特段の規制はないが、今回の調査を踏まえて十分に注視していく必要があると認識している」というものであったなら、どうでしょうか。まったくお役所的な答弁ですが、少なくともあそこまで議論の風向きは変わらなかったでしょうね。

▼(第三者による)客観的な数値
こんにゃくゼリーが危機を脱したきっかけ。食品の窒息死件数データの存在が、世の中の目を「窒息死全般」に向けるひとつのきっかけを作りました。ひとつの物事にだけ注目が集まっているときに、ぽんと広い視点から客観的なデータを示すだけで、議論は大きく変わりうる。第三者によると書いたのは、これが「マンナンライフ自主調査」というのでは効果が薄く、あくまで厚生労働省や国民生活センターなど、中立的な第三者によるものであることが重要と言うことです。

ただし、あのデータの読み方については個人的には異論があります。インターネットでも報道でも、厚労省の出した件数をそのまま使って、「ゼリーよりも餅やパンのほうが圧倒的に件数が多い」という話を展開している。が、考えてみればそんなのは当たり前。食べている量や頻度が圧倒的に違うからです。

餅やパンは主食であるがこんにゃくゼリーは違う。そのあたりを踏まえ、「食する頻度一単位あたりの、窒息死発生件数」で、データを捉えなおす必要があるでしょう。その上で例えば、「こんにゃくゼリーって食べる頻度が少ないにもかかわらず、こんなに高い確率で窒息死が発生しているのか!」など、さらに深掘りした結論を求めなければ意味がないと思いますね。

またインターネット内や「とくダネ!」の小倉氏も言っていますが、消費者を甘やかすだけの消費者行政はやめたほうがいいと思います。食品消費期限偽装などのときもそうですが、あれは危ないこれは危ない、そうやって規制を増やして消費者を無能力化していくのはやめたほうがいい。彼らの判断力を奪うと同時に、生産する側をも萎縮させてしまう消費者行政は、自由資本主義の国にはそぐわないのではない。目指すべきは、「自己の責任について自覚ある消費者」をもっともっと増やすことではないでしょうか。企業は、隠さない、嘘をつかない。消費者は、騒がない、押し付けない。こういう大人な関係づくりを模索していくべきでしょう。
posted by サイダー at 22:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月22日

「婚活」と合コンについての雑感


上のニュースについて。フィッシュスパがマレーシアでも人気だとか。けちをつけるわけではないんですけど、こういうのって、どこまで効果があるんでしょうねえ。魚が古い角質を食べてくれるって言っても、「食べ残し」とかあるんじゃないかとか、自分であかすりをしたほうが確実に早いんじゃないかとか、思いませんか??

さて。

「婚活時代」という本がヒットしたおかげで、「婚活」=結婚活動にスポットが当たっております。テレビや雑誌でも適齢期に達して(過ぎて)、必死に「婚活」に励む女性たちの姿が面白おかしく、時に哀れなタッチで紹介されている。放送されているとついつい見てしまうんですがね。

その中では、さまざまなサービスを提供する結婚相談所や、果ては適齢期の息子や娘を持つ親同士のお見合いパーティーまで登場します。上述の「哀れなタッチ」というのはこのあたりに現れていて、「結婚のためにそこまでするとは」というトーンで紹介されているんですよね。

確かに親同士のお見合いの様子とか、サービスの提供価格とかを見ていると、「さすがにちょっとな」と思えないでもない。でも結婚したいけれど決まった相手もいないという人にとっては、かなり合理的で賢い手段なんだろうなと思います。少なくとも「出会いがない」と嘆いては合コンばかりしている人たちよりは。

合コンというのは、出会いを求める場としては非効率極まりない装置であると常々思います。わしも人に頼まれて合コンのセッティングをすることがあります(既婚者なので慈善活動に近い)。その人は本気で出会いを求めているわけですが、まあ往々にしてうまく行きませんわね。3人対3人の合コンをやったとして、自分の理想にかなった人間がその3人に含まれている確率なんてどんだけのもんだと。

そして酒を飲みながら、相手のいいところを見つけていくのも難しい。社会人ともなると男女ともそんなに「前のめりに」コミュニケーションできないんですよね。解散するときに連絡先の交換もしない。男女それぞれ取りまとめ役を立てて、各陣営の連絡先を交換し、後はそれぞれがやりとりする。でもまあ、その時点で連絡する確度も下がっているし、相手からの反応も高いとは言い切れん。

非常に個人的な話なんですが、合コンが終わった後に、「今日は全然駄目だったな…」と言いつつ、男だけで飲みに行く通称「反省会」のほうが合コン本編よりよっぽど楽しいということがけっこうあったんですけど、そんなことってあったりしませんかね?

まあ万が一、万が一、理想の相手がテーブルの対面にいたとする。しかも「前のめりに」アプローチしてくる。話してみたらやっぱり良い人だ。…なんてことがあったとしてもですよ、向こうはその時点で結婚する気もさらさらなく、遊びを求めているなんてことがざらですわね…。

わしの持論ですが、結婚は、結婚していたい年齢からの逆算。ごく普通に結婚する場合、二人が「結婚しよう」「はい」となってから、まあ1年から1年半はかかります。両親に挨拶に行ったり、結納やったり、式場押さえたり、式の準備をしたり…という手続がけっこうあるので。人気の式場だと1年前からの予約は当たり前ですしね。

そう考えると、仮にある人が「自分はなんとしても30歳までには結婚したい」と思った場合、1年から1年半を差し引いて、28〜29歳のうちに、「結婚しよう」「はい」という状態になっていなければいかん。そこまでの関係に至るために、交際から1年を要すると考えると、だいたい27〜28歳のうちに、「付き合おう」「はい」という関係になる必要があるのである。それだけ時間がかかるのだから「付き合おう」「はい」となってもよい相手を見つけるための期間は、短ければ短いほど良い。

そんな状態であるからして、本気で結婚したい人は麻雀で天和を上がることを待っているような合コンを繰り返すよりは、結婚相談所や(質の良い)出会い系サービスを利用するほうが、時間的にも費用的にも遥かに効率的であろうと思われるのです。で、遊びたい人だけ、合コンをするということにすれば、そっちはそっちで良いことが起こりそうでしょ。

「婚活」にちょっと関連して。最近わしの友人知人におめでたいことがいろいろと起こっております。結婚が決まったり、結婚式挙げちゃったり、子供ができちゃったり、あと司法試験受かったり。わしも素直にうれしいです。まあ結婚式が重なるとご祝儀だけで家計が圧迫されていくという切なさはあるのですがね。そんな小さいこと言っていられないね。みなさんおめでとうございます!

…と、ここまで読み返してみて、今回はまったくろくなことを書いていないというのがよく分かりました。まあ、いいけど。
posted by サイダー at 08:31| Comment(3) | TrackBack(1) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月17日

時価会計の緩和についての雑感


上のニュースについて。アメリカの大統領選がいよいよです。日本の選挙のほうはどんどん当初の見立てと外れていきますが、こっちは11月4日で決まっている。総選挙のほうが後になってしまいました。ただ、今はそれどころではないという気は正直しますね。

さて。

今日の日経新聞の一面トップはこの話題でした。以下、昨日付けのネット記事ですが、参考まで。

日本の会計基準を作る企業会計基準委員会(ASBJ)は16日、金融商品の時価を評価する方法を見直す検討を始めた。米国発の金融危機に伴い、欧米諸国は時価会計を緩和する方針を打ち出している。日本も欧米と歩調を合わせる形で、同様の緩和策を検討する。減損対象となる有価証券を取得時の価格(簿価)で評価できる「満期保有」に振り替えることを認めるほか、値崩れしている証券化商品の評価に関するガイドラインを作る。(10月16日付日経新聞ネット記事より一部抜粋)

欧米でもこういうやり方を導入しようとしているので、追随しないと日系企業の業績が相対的に悪いように見える。というわけで日本でも導入を急ピッチで検討というわけですね。短期の投機目的から「満額保有」目的に切り替えることで、時価評価を避けることを可能にするという話。満額保有だと簿価の評価でよいんですね。

不勉強ですが、この目的は、一度変更すると二度と動かすことができないというわけではないんですよね、きっと。あくまでも今回の経済ショックで抱え込んだ大損をカムフラージュするのがこの措置の趣旨なわけですから。企業も本気で満額保有をしようというわけではなく、市場価格が落ち着いたら、再び目的を切り替えることでしょう。

これはやはりいただけないですね。まず、その企業に対して投資している人たちの、取引の安全性を害してしまう。A社は500億円の有価証券評価損を計上するところ、満額保有目的に変更して、損失が0円になった。B社は評価損が50億円と比較的軽微だったので、目的は変えなかった。これにより見かけ上は、B社よりもA社のほうが損失の少ない健全な企業ということになる。仮にB社よりA社の業績が良いと信じて投資をした人が、後々痛手を蒙ったときに、誰もカバーしてくれる人はいないわけですね。

ただ、投資をする人たちもそこまで素人ではない。こういう制度の変更があったからには、企業の有価証券保有目的の変更について、目を皿にしてチェックするはずです。これは投資家のみならず、融資を行う銀行だってそうするはず。

上述の例では、結局その企業のステークホルダー(利害関係者)は、「仮にA社が保有目的を変更しなかったとき、会計状況はどうなるの?」と聞くことになるでしょう。これはステークホルダーにとって、情報収集にかなり手間をかけさせることになる上、企業の側としても、結局それに答える準備をしなければならず、双方にとって時間や費用のコストが増えることになる。帳簿を二つつけるようなものですからね。

お互いに無駄な労力を使うことになるのは明白なのに、見た目の健全さにこだわるのは、どういうわけだろうか。エンロンが苦し紛れに粉飾決算を行っていたときはあれほど非難したのに、みんなが辛いときは「みんな一緒に粉飾しましょう」とまとまってしまえる世界がすごい。

有価証券保有目的の変更をチェックして知らせるサイトなどを作れば、アクセスも稼げるいい商売になるかもしれません。そんなことくらいしか、いいことないんじゃないかなあという、雑感でございます。
posted by サイダー at 21:36| Comment(2) | TrackBack(0) | 国際 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月08日

続・最近の色々な出来事についての雑感


上のニュースについて。ニューヨークのダウ工業平均が1万ドルを割り込み、日経平均も一時1万円割れを記録するなど、全世界的に悲惨なことになっております。「全世界的に」なんて書くと、ちょっと自分とは遠いところの出来事のような気がしてきますが、全然そんなことはございません。詳しくは後述。

10月に入っても相変わらずいろんなことが起きております。リーマンの破綻でさえ、霞んでしまいそうな。というわけで今回も五月雨式に…

▼不動産・建設業界ボコボコ破産・民事再生

「不動産価格が値下がりするのでは」というマスコミなどの煽りを受けての消費者心理の冷え込み、鉄鋼やコンクリートなど原材料価格の高騰、銀行の貸し渋りによる資金繰りの悪化、それらが複合的にこの業界を苦しめ、今年多くの企業に引導を渡した。特に最近、新聞の経済面を開くたびに、大なり小なり、この業界の破産・民事再生ネタにお目にかかる気がする。そうやって一社また一社と潰れていくと、「いよいよこの業界は危ない」「マンションは今買うな」という風評へとつながり、悪循環を招く。

建設業界はしばらく本当に厳しいかもしれないが、不動産業界は身の丈以上に規模を追及しようとした企業が淘汰されているというのが実体。堅実に収益性のある不動産開発を手がけようという企業にとっては、土地の仕入れ価格も落ち着いてくる今後は大きなチャンスとなるだろう。そして不動産を買う側にも言えることだが、本当に良い物件はそうそう値段が下がらない。風評よりも、自分にとっての買い時をもっと気にしたほうがいいのかもしれない。


▼三越・イオンの店舗閉鎖

不採算店舗をたたみ、収益を確保しなくてはやっていけない百貨店・GMS。変わって元気なのが、アウトレットモール。スーパーやコンビニでもプライベート・ブランドが売れているそうな。本当に今は消費者が価格にシビアになっている。それにしても、大型のスーパーや商業施設は、地方に出店しては市街地の商店街を駄目にし、地域の基盤を根こそぎ奪った上で撤退していく。焼き畑農業のようだね。

どっかの街に「100円商店街」というコンセプトの商店街があるというニュースを見た。各店舗が100円で売れる目玉商品を用意し、それを武器に集客につなげようというのだ。エッジが立っていて面白い。氷河期は巨体を誇った恐竜たちが倒れ、小さな哺乳類が生き残った。鍵となるのは「適応力」。小さい商店ならではの生き残り方があるはず。


▼マスコミの不況

テレビも新聞も雑誌も大変なことになっております。新聞社の中には夕刊を廃止したり、配る地域を縮小したりという動きが出ている。雑誌も、「えっ、この雑誌がなくなるの!?」というような著名なものも含め今年をもって休刊・廃刊というのがかなりの数に上っている(もっとも毎年休刊・廃刊は一定数あるのだが)。世の企業も儲かっておらず、とにかく広告が入らないので広告収入が減少してしまった。さらに経営を圧迫しているのが紙代。紙の値段が上がっていて、これが相当負担になっているのだとか。すごい話だ…。

テレビ局も広告が入らない。もはや頼みはテレビショッピングと、所有不動産から上がる副業の収入。制作費がどんどん少なくなっていくと、もっと番組がつまらなくなっていくのだろうか。そう思いきや、あの地味なBS放送が今年初めて黒字達成だそうで。ゆる〜い雰囲気の紀行番組とか、自然番組が人気だという。このへんも、テレビ復活の鍵となっているような気がする。


▼巨人と阪神のペナントレース

夏ごろは阪神が優勝するものとばかり思っていましたが…巨人はすごいね。しかし、野球が盛り上がる機会は今を置いて他にないという状況であるにもかかわらず、日本テレビは巨人戦をろくに中継しようともしないという有様。完全に見捨てられております。ちなみに個人的には、どっちが勝とうがどうでもいいっす。


▼加勢大周、大麻と覚醒剤所持で逮捕

供述では「大麻は種から育てた」と語ったという。法政大学の学生たちもやっていたらしいけど、いい加減インドで暮らせって。大麻吸い放題だよ〜。


▼金融不況の連鎖

冒頭の続き。ずっと昔このブログで、株取引に挑戦というような記事を書いていたと思います。断続的に手を出していたのですが、もうあきませんわ…。いよいよ撤収いたします。

期待に胸を膨らませて注ぎこんだ資金は、ライブドアショック、村上ファンドショックなどの荒波にもまれ、時には難破しかかったときもありました。それにもめげず、なんとか持ちこたえていたのですが、結局一度もプラスに転じることのないまま、今回の一連のサブプライム恐慌に飲み込まれてしまいました。トータルでは百万超の損失を出して終了…。あまりにもふがいない有様ですが、嫁にも半ギレされ(笑)、その他諸般の事情もあり、撤収でございます。

まあたしかに、株式投資は素人が手を出したら危ないのは当たり前。けれど今回のサブプライム恐慌はそれだけでは終わりませんでした…。株を始める前に、手堅く儲けようと始めていた投資信託。順調に資産が積みあがっていたはずなのに、ここにきて一気に元本割れですよ。この数年間は一体なんだったのか…。損失を出すために続けることになろうとは。

正直わしの損害はまだ軽いほうだと思います。退職金を投資に回したお年寄りとか、今回どれほど損失出しているのだろうか。一時期合言葉のように「貯蓄から投資へ」と叫ばれ、優遇税制なども敷かれ国家総出で投資を応援した結果、結局20兆円の資産が跡形もなく消え失せてしまった。リスクは承知の上とはいえ、生きるために必要なお金を失ってしまった人はどうしたらよいのでしょう。

株価は生き物ですので「今が最高の買い時」という考え方もあると思うし、おそらくその通りだと思うのですが、個人的には損を確定してみて、やっとこさ投資の恐ろしさが分かったような気がしますね。しばらくはこりごりですが…また余裕資金ができたらやろうっと。
posted by サイダー at 00:20| Comment(0) | TrackBack(2) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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