2009年01月27日

観劇評 パルコ・プロデュース「リチャード3世」


やっとこさ我が家にエアコンも装着され、陣容が整ってきた今日この頃です。

上のニュースについて。この間23回目の優勝を決めた朝青龍。相撲にはあまり関心がありませんが、最近思うのは、朝青龍の悪役への仕立て方や、話題の煽り方を見るにつけ、「相撲のプロレス化」が進んできたなあということですかね。

さて。幸運なことに見たいと思っていた芝居に行けたので、今回も観劇評を書きたいと思います。前回の「パイパー」からそんな経たないうちに演劇ネタ。しかもまだ公演が終わらないうちに。これまでとはえらい違いです。

超人気の劇団☆新感線の演出家であるいのうえひでのりが演出し、看板役者・古田新太が主演を果たす「リチャード3世」を見に、赤坂ACTシアターに行ってまいりました。休日なのにすごい人だかり。「まさかリチャードを見にこんなに!?」と思ったのですが、どうもそれは勘違いだったようで、隣がAKASAKA BLITZなので、そっちの公演を見に来た人たちでした。やたら若い女の子たちが行列をなしており、会場スタッフが「整理番号300番台のお客様は〜〜」なんててんてこ舞いで点呼していました。おそらくはジャニーズのライブとか、そんなのがあったのでしょう。

それに比べりゃACTシアター前で当日券を求めて待っているお客はごく少数。その顔ぶれも、きゃあきゃあ言ってる女子たちを横目に、わしも含めてなんか立ち枯れてしまった古木のような人ばかり…。こっちのスタッフはさぞ御し易かろうね。

さてわたくし、今回はラッキーなことに、当日券にもかかわらず前から8番目、しかもほぼ舞台中央という好座席。当日券でこういう席が空いていることもあるのね。ヒットマンがこの席を背後から狙っているということでもなければ、これはとんでもなく幸運な部類に入る出来事でしょうね。

開場時間まで近場のカフェで時間を潰し、いよいよ場内へ。座席に到着すると、これはとんでもない近さである。飛び散る役者たちの汗まではっきり見えそうな。そもそもほぼ毎回当日券で芝居を見に行くわしが、こんなに前方に座れたことがかつてあっただろうか……。そう、思えば一度だけ、ポツドール「夢の城」をふらふらっと当日券で見に行き、最前列に座らされてとんでもないものを見せられた記憶がある(それはそれで、今思えば得難い経験である…)。あってもそのくらいじゃなかろうか。

前から8番目の席で舞い上がるわしを、さらに有頂天にさせたのは、わしの後ろの列に座っていた御仁の存在である。なんと敬愛する個性派俳優(とお呼びすればよいのか)、梶原善さんが座っているではないか!!

新感線とはつながりも深そうだし、やはり舞台は見に来るのだなあ。そしてプライベートではこんなおしゃれな格好をしているのだなあ。相変わらず、人を食ったような顔をしているなあ(失礼過ぎ)。…などと、何度もチラ見しながら、思う。本当に、日ごろ善行を重ねてきて、よかった。

さて、そんなこんなで幸運がたくさん重なった記念すべき公演のレビューを以下に。例によってネタばれには配慮しますが、どうしても内容には触れちゃいます。

あらすじ。

中世のイギリス。イングランド王位を巡って血みどろの争いを繰り返すランカスター家とヨーク家の争いは、リチャード3世(古田新太)らの活躍により、ヨーク家の勝利に終わる。新しいイングランド王となったヨーク家の長男・エドワード(久保酎吉)は、妃としてランカスター家貴族の未亡人エリザベス(久世星佳)を迎える。妃となった彼女は自分の血族を要職につけ、権力の基盤を固め始める。面白くないのが、ヨーク家の次男・クラレンス(若松武史)や三男・リチャード3世、そして長年ヨーク家に仕えてきた重臣たちである。エドワード王の手前、表面的には友好を装う両勢力。だが水面下では、虎視眈々と王位を狙うリチャード3世によって、血生臭い謀略が少しずつ進められていた…。

感想。一言でいうなら、かなり「がっかりだった」。

劇団☆新感線(今回主催はパルコ・プロデュースだが)の持ち味は、過剰な音と光を観客に浴びせつつ、歌ったり踊ったり、刀を振って大立ち回りしたりと、ダイナミックな演出でお客の心を惹き付けておき、ストーリー上の重大な節目では役者にかっこよく「キメ」の言葉を言わせて、「やられた〜っ」と骨抜きにさせる、そんな「蝶のように舞い、蜂のように刺す」芝居の運び方にあると思っています。

そういう意味で言うと、今回の芝居には「蝶」の要素も「蜂」の要素もまるでなかった。ゼロではないにせよ、ないに等しかった。自分が新感線の芝居を見て得ようとしているある種の「爽快感」というのが、今回は得られませんでしたね。

歌なし踊りなし、戦闘シーンはお約束なので申し訳程度に。それは仕方ないとしても、シナリオ上特に山場も作られておらず、見ている方としては退屈だった。シェイクスピア劇なので、修辞に満ちた長いセリフ回しが随所にあるのだが、そこも見せ場になっていない。それぞれの登場人物はもはや、リチャード3世に消されるためだけに登場しているくらいの存在でしか描かれておらず、肝心のリチャード3世も、どうして彼がこんなに世の中を憎み、王位に執着しているのかが見えてこない。身体的なコンプレックスを象徴させる顔の痣や背中の瘤、足の不具合も、「これがリチャード3世です」ということを示すためにとってつけたようなお飾りでしかない。また、彼の人格形成に大きく関与していると思われる実の母親とのやり取りも、全体のパーツとしては随分と淡泊な描かれ方で終わった。

舞台終盤ではリチャード3世が落ち目を迎えるわけだが、そのシナリオの運び方にしても、すべてがあまりにも唐突。特にラストシーンは、「えっ、これで終わりなの?」という印象を持った人が大多数だと思う。これまでの展開で披露された内容が、あまりにも消化不良のまま終わってしまうからである。

悪を描いた作品ならば、これまでの新感線の「朧の森に棲む鬼」とか「野獣郎見参」とかのほうが遥かに見ごたえがあり、しっかりと「悪」のキャラクターを描き出せているような気がする。今回は、「リチャード3世って、いったいなんだったの…??」ということで終わってしまいかねない。哀れなのか、愛着すら感じるのか、はたまたとことん憎むべき存在なのか、まるでわからないのである。

最後に、さすがに悪評ばかり書くのもあれなので、よかった点を書いておきます。まず、衣裳。衣裳だけで相当笑いを取っておりました。あとは時代設定として、現代を織り交ぜているところ。携帯電話で密通していたり、テレビの中継入りで演説したり。面白かったのは、マックのハンバーガーを食い、パソコンでひたすら「死ね死ね死ね…」と書き込んでいるリチャード3世の姿です。場合によっては、権力の座とかは本当はどうでもよくって、ちょっとしたことがきっかけとなってとにかく誰でもいいから人を殺そうと思ったという、いわゆる「現代の通り魔殺人者風・リチャード3世」の方向に思い切ってシフトしてみても面白かったんじゃないでしょうか。

…という感じで、いくつかの幸運に恵まれた割に、肝心の芝居は「うーん」というような内容でした。これで幸運と言えるのかどうか。公演はまだ続いていますが、金額も安くはないので、そこまでおすすめはいたしません。

それでは、今回はこの辺で。


パルコ・プロデュース「リチャード3世」
2009年1月19日〜2月1日
赤坂ACTシアター

作 ウィリアム・シェイクスピア
演出 いのうえひでのり

キャスト

古田新太
安田成美

榎木孝明
大森博史
三田和代
銀粉蝶
久世星佳

天宮 良
山本 亨
増沢 望
西川忠志
川久保拓司
森本亮治
逆木圭一郎
河野まさと
村木 仁
礒野慎吾
吉田メタル
川原正嗣
藤家 剛

久保酎吉
若松武史

ほか
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2009年01月19日

最近の若者に対する言説についての雑感



09年第2回目の記事でございます。今年もこのくらいのペースで更新していきたいと思います(自分への楔)。

上のニュースについて。日本より一足先に、台湾ではやっちゃっております。この政策が良いか悪いかは別として、まだあちらのほうが機動的とは言えるのでしょうね。

さて。

ちょっと前の東洋経済の特集のテーマが「若者」でした。酒を飲まない、安定志向など、最近の若者の特徴や行動の傾向を解説し、マーケティング向けに若者の攻略法のようなことも載っていました。読んでいてなかなか面白かったです。

アジアの大学で教鞭を執る大前研一氏は、今の日本の若者は外国と比較して「やってやろう」「挑戦しよう」という気概がなくなってきている、国家にとって大きな問題だと憂う。確実に一定数は優秀な学生がいるものの、日本からの海外留学生の数は年々減少しているようです。

かたや『希望格差社会』『婚活時代』などの著者である山田昌弘氏は、かつて製造業を行う大企業が生産拠点を次々に海外に移したことや、ITが進化したこと、周辺業務のアウトソース化が進んだことによって、国内で専門的職能を要求される雇用が創出されにくくなったと指摘。仕事のパイが減ったにもかかわらず、いい歳をした大人たちがある程度のポストに居続けたことにより、若者には(ルーチンワークなど)それほど職能の必要とされない仕事ばかりが供給されてしまっているとして、彼らをかばう。

ふたりのコメントからは、社会構造の変化によって不利な状態が形成され、常態化し、さらに経済情勢の悪化によって、精神的にも、物理的(金銭的)にも、身動きが取れず縮こまった状態に追いやられてしまった若者像が浮かび上がってくる。実際にフリーターや派遣労働に従事する若者の数は2000年に入ってから激増しているようだ。それに伴い、若者の可処分所得は年々減少し、当然のことながら消費も減少。支出の内訳のかなり大きな部分を「預貯金・投資」が占めているという実態がある。

個人レベルの実感値としても、理解できる部分は多分にある。まず、自分自身がおそらく「若者」に該当するであろう年齢だが、あんまり消費の意欲がない。特に自動車。最近こそ、子供もできたので、移動の手段として購入しようかと考えたりするものの、あくまで「必要性に迫られて」検討するのであって、そうでもなければ欲しいとも思わない。しかも毎度タクシーを使って移動するほうが、トータルで見ればよほど金がかからないなどという話を聞くと、「じゃあ、いいか」となる。こんなもんです。

あとは、いまだに大学の後輩などからOB訪問を受けたりもするけど、やはり彼らも「守り」に入っているなと感じることが多い。特に最近はこういう経済情勢だからなのかもしれないけど。自分たちがどうなってしまうのか、戦々恐々としているようでした。皆素直で、とても優秀そうなかんじがするのですがね。

では、こういう若者の現状は、果たして問題なのかどうか。面白いことに、古代エジプト文明のころの古文書を解読していったところ、「最近の若いもんはなっとらん」という文章が書かれていたそうです。上の世代から見た若い世代というのは、いつの世の中でも「困ったもの」らしい。そういう「大人たちの基準でのエゴ」などでなく、本当の意味での問題が横たわっているのかどうか――若者たち自身が今の状況に悲鳴を上げていたり、このままでは国家が立ち行かなくなってしまったり――を考えた場合の話ですが、やはり、今の状態はまずいのかなと思います。

ここで東洋経済の特集に戻りますが、「機動戦士ガンダム」などのアニメ監督である富野由悠季氏はインタビューで、「変わるべきは若者たち自身ではなく、若者を取り巻く環境であり、上の世代である」と強く訴えています。これはまったく同感です。

上述の山田氏のコメントにもあるように、制度的な変革も重要ですが、上の世代の果たす役割は、若者の意識・行動形成に直接的に関わるため、さらに重要といえます。しかしながらここが、どんどん機能しなくなっている。たとえば、「若者は酒を飲まなくなった。酒を飲みながらコミュニケーションをしなくなった」という状態について。これはあるマンガの受け売りですが、ビールの売り上げが落ち込んで、替わりに安いまがいもの「第三のビール」がどんどん売れている世の中で、どうして若者がおいしく酒を飲もうとするでしょうか。「うまい酒」がなんなのか、上の世代が下の世代に伝えることを放棄しているのではないか。「消費をしなくなった」という話も、不景気ムードになると一気に生活防衛一色に染まる消費行動を見て、どうして若者が積極的に消費しようと思うものでしょうか。

親の背中を見て子は育つもの。若者の今に原因があるのだとすれば、結局それは上の世代がどこかで種をまいていたのだということ。今から彼らを変えることは容易ではないと達観しつつ、さらに続く世代をなんとか軌道修正していくために、とにかくまず上に立つ世代が歯を食い縛って変わっていくしか道はないでしょう。

またしてもマンガの受け売り。連載終了後数年経ってもなお輝きを失わない名作『HEAT』(武論尊原作、池上遼一作画)の主人公・唐沢辰巳の名台詞より。

「親が強けりゃ、子は迷わねェ」
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2009年01月13日

観劇評 NODA MAP「パイパー」



元旦からだいぶ時が経ちましたが、皆さまあけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

上のニュースについて。ブッシュ大統領が回想録出版の意向とのこと。それにしてもこの写真を掲載するAFPのセンスがすごい(笑)。

アメリカ大統領は任期終了後は、講演や執筆で食べていくパターンが多いらしいです。聞いた話では国内での講演一回に付き、ギャラが一千万円くらい発生するとか。任期が終わってからのほうが収入が良くなるなんて皮肉を言われるほどです。

「ブッシュ大統領は8年間の在任期間を通じて、たびたびメディアから演説中の言い間違いなどを指摘されている」(上記記事より引用)なんて最後に触れられていますが、日本の麻生首相もそうだけど、言い間違いとか漢字の読み間違いくらいのことでマスコミがとやかく言う必要があるのかしら。

さて。

このところ引っ越しやら出産やらといろいろな出来事が続いて、ろくに舞台を見る暇もなくなっておりました。このブログでも見に行った芝居についての感想をたまに書いていたのですが、ふと気付けば、前回は昨年春の「ライオンキング」のまま止まっているではないか。もちろんその後何回かは芝居を見に行った気がするけど、もはや「気がする」くらいの話ですからね。何を見たのかろくに覚えていない。「グリング」とか見たかなあ…程度のゆる〜い記憶。

「このままではいかん!」と思ったわけではないのですが、先日隙を見て、行ってきましたよ。野田秀樹の新作『パイパー』を見に渋谷の「Bunkamura」へ!独りで……!!!

前売券を持っているわけではないので、狙うは当日券。19時の回の当日券は18時に発売される。だからと言って18時に行ったのでは売り切れている可能性が高いので、一時間前の17時到着を目指して家を出る。このぐらいであれば、本多劇場レベルの人気公演でも問題なく当日券が買えるのだ(たまに他に誰も並ぶ人がいない中、ひとり寂しく先頭に立つこともある。虚しいのう…)。

しかしさすがは野田秀樹。17時ちょいすぎに到着すると、すでに20人程度の人が並んでいるではないか!もしかしたら今回はだめかもなと思いつつ、恐る恐る列の最後尾へ。横の壁には「パイパー当日券お求めの方は階段に沿って一列にお並びください」の張り紙が。どうやら今自分が並んでいるところまでは、毎度列が達しているようだ。ひと安心。

それから小一時間ほど、半分屋外のため、寒風に身をさらして凍み豆腐のようになりながら、小説を読みつつひたすら18時を待った。気づけばわしの後ろにもすでに長い列ができている。皆洟をすすりながら耐えている。芝居は見れたが風邪をひいたという人が、あとあと必ず出てきそうな寒さだ。

そんなこんなで、やっとの思いで当日券を手に入れて見たNODA MAP『パイパー』の観劇評を以下に。もしかしたら初めて、まだ公演が続いているタイミングで記事をアップできるのかしら。いや、めでたい。ただ、公演が続いているわけなので、あんまりネタバレ的なことも書けません。まあ、さらっとまいります。

あらすじ。舞台は文明の崩壊した未来の火星。姉フォボス(宮沢りえ)と妹ダイモス(松たか子)の姉妹は、廃墟同然の「ストア」に住み着き、そこに残った人工食で命をつないでいた。物心ついたダイモスはなぜ火星が荒廃してしまったのか、過去に何があったのかを知りたがるが、フォボスも父親ワタナベ(橋爪功)も、肝心なことは教えようとしない。冒頭、ストアに天才的な頭脳を持つ少年キム(大倉孝二)とその母親(佐藤江梨子)が移り住んでくる。ワタナベはある目的のため、キムに大量の「死者のおはじき」を渡す。火星人の鎖骨に埋め込まれ、死んで取り出されるそれを自分の鎖骨に当てれば、その人が送ってきた一生を見る(感じる、というのが正しいか)ことができるのだ。

死者のおはじきを鎖骨に当て、死者の記憶の海に引きずり込まれていくキムとダイモスたち。そこは、まさにこれから火星を開拓すべく希望に満ちあふれた入植者が地球からやってきた時代。パイパー博士が提唱する幸福度の指数「パイパー値」を「8888」にすることを目指して、人々はせっせと開拓に励む。地球時代の紛争を根絶するため、怒りの力を吸収し、人々を幸福にするための手伝いをする人工生命体「パイパー」も投入され、パイパー値も順調に上がっていく。

死者のおはじきをせっせとかざして、開拓期、隆盛期と、火星の歴史を紐解いていくキムたち。そしてついに、火星の荒廃につながる決定的な事件を目の当たりにする…。

ここからは感想。上でも書いたけど役者は皆さん大物ぞろい。姉妹を演じた宮沢さん・松さんとワタナベの橋爪さん、演技が自然でよい。姉妹の見どころは何といってもラスト前の長回し。途中ちょっとつっかえて見ているほうが冷や冷やするようなところもあったけど、あれは観客を完全につかんだんじゃなかろうか。単純にすごいというのと、「松たか子と宮沢りえは、こんなことができるのか!」と。二人は途中「食堂のおばちゃん(二人の先祖)」の役も果たすが、それもなかなか決まっていた(笑)。それ以外の役については、火星人という設定のためか、無理にキャラクターを作りすぎているような気がした。それが「くどさ」につながった気もする。残念だったのがコンドルズ。彼らが、というより彼らの役回りが残念。さすがに彼らが出演となれば、もうちょっと派手なアクションを見たかったんだがなあというのが正直な気持ち。地味に身体は動かしているんだけどもね…。

さらに不満だったのが舞台美術で、芝居の構成上抽象舞台しか作れないとは思うけど、ちょっと粗雑な感じがパッと見であった。宇宙船とパイパー値のLED表示に大半の舞台予算が行ってしまったのだろうか。確かにあの宇宙船はよかった。降りてくるとき生理的に不気味で、雰囲気が出ていた。衣裳や映像も工夫があってよかった。パイパーは気持ち悪くてGOOD。

内容に関して。いくつかテーマが設定されており、それが「パイパー値」であったり、食に関することであったり、わかりやすい設定と演出で観客に提示される。見ているほうも明確に、「今の日本や社会全体が抱えるこの問題のことが言いたいのだな」と気がつくことができるはず。各テーマはいつの世でも問われ続けている普遍的なものなのだが、そのうちのひとつに関しては、経済的な激変に見舞われ社会が不安定になっている昨今の状況に、あまりにもうまくはまっているのが驚くべきところである。公演が1月にスタートなので、もしかしたら昨年後半からの社会情勢を踏まえて、シナリオや舞台構成をリライトしたのではないかと思うほど。

ただし今回、テーマはわかりやすく「提示」されていたにすぎない。かつての「オイル」の時のような、鬼気迫るほどのトーンで観客の眼前に突き付けるくらいの切っ先の鋭さがあれば、もっとよかったのかなと。

あと思いつく点としては…、野田氏特有の「言葉遊び」。今回も健在で、ぐんぐん会場を引き込んでいたし、わしも笑わせてもらった。よく思いつくよなあ。そして野田さん自身、おいくつなのか分からないけど、カラクリ人形のようによく動いてしゃべって、それで他の役者の演出から裏の調整から何から、全部やるってんだから…本当にすごいと思う。突然「実は機械で動いてます」と言われたら、「ああ、やっぱりそうだったんですね」って皆答えると思うね(笑)

最後に、ワタナベの生き方について。たぶん賛成反対、好き嫌い両方あるのだろうけど、わしは「あると思います」。「食い道楽の歴史」を研究してきた者としての矜持と意志が、そこには感じられるので。これもかなりストーリーの核心なので、多くは語りませんが。

とまあ、見ていない人には何が何だかわからないような記述だらけになってしまい、大変恐縮です。千秋楽までまだ時間もありますので、もしよかったら足を運んでみてくださいな。それではまた。


NODA MAP 第14回公演『パイパー』
2009年1月14日〜2月28日
渋谷 Bunkamura シアターコクーン

作・演出 野田秀樹

キャスト

松たか子
宮沢りえ
橋爪功
大倉孝二
北村有起哉
小松和重
田中哲司
佐藤江梨子
コンドルズ(近藤良平 藤田善宏 山本光二郎 鎌倉道彦 橋爪利博 オクダサトシ)
野田秀樹


スタッフ(一部)

美術 堀尾幸男
照明 小川幾雄
衣装 ひびのこづえ
選曲・効果 高都幸男
振付 近藤良平
映像 奥 秀太郎
ヘアメイク 宮森隆行
舞台監督 瀬崎将孝
プロデューサー 鈴木弘之
posted by サイダー at 00:39| Comment(2) | TrackBack(0) | 舞台演劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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