2010年08月24日

ベビーカー哀歌

「類は友を呼ぶ」ではないけれど、人間、自分と同じ状態のものに自然と目を惹かれるものらしい。
子供が出来てからというもの、子連れの母親・夫婦がよくよく目に留まります。
近所の公園やスーパーではもちろんのこと、若者の中心街である渋谷や、サラリーマンが闊歩する昼のオフィス街でも、子供を連れて歩いている人は意外といるものです。

ご主人が奥さんの分まで二人分の荷物を持ち、奥さんはベビーカーを押す。
子供はベビーカーの中ですうすう寝息を立てている。
時折夏の日差しをまぶしそうにして身体を動かす子供。
それを見て日よけの位置を動かす奥さん。
なんとも幸せそうな光景。

ちなみに我が家のケースを申し上げておくと、

二人の荷物とベビーカーは、全て夫に委ねられている。
坂道では自分の力で歩きたくない妻が「子泣きじじい」のようにまとわりついてきて、重みが増す。
日差しが強いと「日陰を歩け」と後方から夫に指示が飛ぶ。
完全に労務者と監督者に階層が分断されております。
ええ、もちろん、幸せです。

さて、まるで子連れの象徴のようなベビーカーですが、調べてみると種類も値段も千差万別。
我が家ではアップリカ社製の比較的大型のものを使っております(お値段はそこそこ)。
乗り心地が良く悪路でも安定した走行が期待できるということですが、大きいぶんいろいろと不都合も生じてまいります。
せまい歩道に自転車が路上駐車、前方からは通行人がどんどん向かってくる。
そんなときは、なかなか進めずスピードが一気に落ちます。
川の流れに逆らって進む鮭のような気分でしょうか。

「これは面倒だなあ」と思うことが多いのは電車を利用する局面。
まず、改札ゲートが通れない。
最も広い車椅子用ゲートであれば大丈夫ですが、その広さのゲートがない駅・改札口も意外と多い。
これまでは駅員窓口のゲートでSuicaを渡して処理してもらっていたけれど、どうにも時間がかかってストレスを感じる。
なので最近は、どこか適当なゲートでピッとSuicaをタッチしておいて、駅員のいるゲートをささーっと通り抜けています。
駅員の目に留まるように視線はそちらに向けつつ、わざとらしく定期入れを掲げてかざすという演出つき。
まああまりかっこよいものではない。
うしろの通行人にしたって、そのゲートを通るのかと思ったらいきなりぐぐーっと駅員の側に寄られて、「なんだよ」と思っていることでしょう。

改札を抜けると次はホームに下りなければいけません。
そこで利用するのがエレベーター。
これがまたちょっとしたストレス。
ボタンを押すと、下の階からじわじわじわ〜っと上がってきて、じわじわ〜っと扉が開いて、閉まって、またじわじわじわ〜っと降りていく。
ちょっとした時間のはずなのに、何倍も長く感じるこの感覚…。
「一本乗り過ごすわーいっ!」と思わず言いたくもなるが、きっとスローなことにも理由があるはずだから、ここはじっと我慢の子。
改札を通って一発でエレベーターに乗れればまだよい。
混んでいるときなどは「じわじわ〜」を何回か見守るはめになり、都度精神が老け込んでいくのでございます。

それでもエレベーターがある駅はまだありがたいのです。
我が家の以前の住まいでは最寄り駅にエレベーターがなく、「これは将来しんどいだろう」ということで今の住まいに移った経緯がありました。
たまにベビーカーを両手で持ち上げながら、一歩一歩階段を降りていく奥様を見かけますが、あれは相当に力の要る作業です。
足元が見えず、手すりにも捕まれず、なので、段差を踏み外したときやちょっと人と接触したときでも、とても危ない事態になりかねません。
ただ、見かけて手伝いたくても、すでに状態が状態なので、下手に声かけたりしにくいんですよね…。
ああいうの、どうしたらよいのかしら。

また、ベビーカーの片側を支えながらエスカレーターに乗り込むのもよく見かける光景ですが(我が家もたまにやっております)、厳密にはあれは良くない行為なんだとか。ベビーカーを押して初めて知りました。

さて、そんなこんなでやっとホームに到着します(ふ〜〜)。
幸いにして電車はほどなく到着。
乗り込んだ車内はちょっと強めに冷房がかかっていて、散々太陽にいたぶられた我が身に心地よく冷気が染み渡ります(はああ、極楽…)。

とは言え子供の身体を冷やしすぎるのも良くないので、「弱冷房車」に移動しようという考えが頭の中を一瞬よぎる。
けれども、経験から想像するにつれ、結局「ここでじっとしていようかな」ということになる。
通路に立っている人がいる場合はもちろん、いなかったとしても、ゆれる車内を進む中、座っている人の足にタイヤが引っかかってしまったり、車両の間の重いドアを開けて進むのが面倒だったり。
車内の通路をベビーカーで移動するのにはかなり抵抗を感じてしまうのだ。

運良く席が空いていても、席の前の通路を塞いでしまうことが心苦しくなんとなく座りにくい。
立つ場所はなるべく、ドアのすぐ横の背もたれ状の一画に、できるだけベビーカーを密着させておく。それでも乗り降りのときには若干さまたげになります。
要するに、ベビーカーは車内で非常に収まりが悪く、所在無い物体なのですね。
だからこの車内の「異物」が、できるだけ車内環境を乱さぬよう、地味に心を砕いているのでございます。

そんなこんなで、目的の駅に着いたら、今度はさっきの逆戻り。
エレベーターで改札階に上がって、改札を出て、と。
帰りはそれらをもう1セットこなすわけであります。

移動のストレスが原因で、遠出を控えるようになった子連れ夫婦は存外多いのかもしれない。
もっとも、そんなに電車が大変ならクルマを使えばよいじゃないかという話もあります。
確かに完全プライベートスペースの分、対外的なストレスはあまり感じずに済みそうです。
我が家は一台も所有した経験がないのでなんとも言えないのですが、クルマの移動もそれはそれで苦労があるような気もしますね。
子供がどんどん車中を汚したり散らかしたりするだろうし。

結局何が言いたいのかと言いますと。
月並みだけれど、ベビーカーを自分で押してみて、わかる世界があったということでしょうか。
これまで味わったことのない気苦労とか。
これまで見過ごしてきた、気苦労を重ねている人々の営みとか。
posted by サイダー at 10:24| Comment(6) | TrackBack(0) | 子育て | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月19日

ガス人間第一号

芝居を見るのが好き。

好きなんだけど、娘が生まれてからというもの、なかなか見に行けておりませぬ。
平日はまず無理。
土日も子供と妻を置いて一人だけ満喫、というわけにもいかない。
最近では劇場に託児サービスもあるようだけれど、そこまでして…とも思ってしまう。

そんなわたくしですが、ありがたいことにNHKではたまに演劇の模様を放送する番組をやっている。
「見に行きたいなあ」と注目していた作品が放送されることもしばしばで、大変重宝している。
さすがは公共放送。
ただ、やっているのが深夜なのでリアルタイムでは見ず、ひとまず録画しつつ、夕食がてら見ている。

数日前、後藤ひろひと作・演出の『ガス人間第一号』を録画で見た。
後藤ひろひと作品はいくつか見ていたけど、この作品は知らなかった。

それにしてもこのタイトル。
『ガス人間第一号』…。
仮にチラシを見て知っていたとしても、あんまり「見に行こうかな」という気がしない。
タイトルに美しさを求めているのではないけど、なんとなーく美観を損ねているような。
週刊誌見出し的に刺さるコトバがあるわけでもなし。

そんなことを思いながら見始めたこの舞台、ふたを開けてみるとなんとも素敵な世界が広がっているではありませんか!
身体を改造され「ガス人間」となってしまった男と、過去の事件をきっかけに歌の世界の一線から遠ざかってしまった女が織りなす、とても悲しいラブストーリー。

特にラストの救いようのなさ、最高です。
下手にハッピーエンドにまとめず、しっかりとどん底に突き落とす。
潔し。

タイトルが美しくないなんて馬鹿にして申し訳ございませんでしたと詫びたい。
でも『ガス人間第一号』ってタイトルから、まさかこんな話だとは誰が想像できようか。

上述の女を演じているのは、実際に歌手でもある「中村中(なかむら・あたる)」さんという方。
ライトを浴びて艶めく長い黒髪に、肉感的な厚い唇、ウエストからの下への滑らかな脚線、そしてたっぷり聞かせるその歌唱力…!
とんでもないセクシーさを秘めた素晴らしい歌い手がいるものだと思い、さっそくネットで調べてみると、目に飛び込んできたのは「性同一性障害」「戸籍上は男性」なる文言。

ぬおおおー。

世界がひっくり返った瞬間。

そうなのか。
そんなことがあったのか…(しばし沈黙)。

いやー、うむー、なんというか、
女性という性を生きている中村さんに対してこれは大変失礼な言い方になるのかもしれないが、当たり前に本当の女性だと思って舞台を見ていました。
そこにはなんにも違和感がなかったのですが、ただ、「これほどまでにセクシーな女性はいるものだろうか」と思ったことも事実。
それはなんというか、女性以上に女性という性を意識して生きてきたがゆえに備わったものなのかもしれないなあ…、と思いました。

この手の問題無知ですし、演劇のことしかわかりません。
なので、自分にひとつだけいえるとすれば、中村中というアーティストの情念のこもった切なくて美しいあの歌声。
あの歌声がなかったら、『ガス人間第一号』という舞台はまったく成立得なかったということ。
これは本当に間違いないと思います。

タイトルを見ただけでは敬遠していたであろう作品に、こうして触れることが出来、中村中という素晴らしいアーティストの存在も知ることが出来。
2時間足らずの録画番組でしたが、とても充実した気持ちになりました。
いやー、素晴らしかった。
また見よう。

posted by サイダー at 11:23| Comment(11) | TrackBack(0) | 舞台演劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月18日

娘の成長

世は夏休みシーズンです。
我が家には妻にだけ夏休みが訪れました。
よほど日々の家事から逃れたいのか、嫁は子供(娘・一歳半)をつれてさささっと、実家へ逃亡。
こちらはこちらで監視が解かれて気が緩み、冷蔵庫のメロンをほぼ丸ごと腐らせる、洗濯物を3日間干しっぱなしにする、など堕落した生活を送っておりました。

それはまあよいとして、久々の再会を果たしたときに驚いたことがひとつ。
娘が驚異的に成長していたのである。
基本謎の言語を駆使していた娘が、我々にも意味の理解できる言葉をいくつもしゃべるようになっているではないか。
こちらが何か食べているときに、「ちょうだい」と言って手を出してくるのには驚いた。

「成長」というのは必ずしもまっすぐ育つことを意味してはいないようだ。
この短期間に、娘がもうひとつ身につけていたもの。
それはウソ泣きである。

東京に帰ってきたその日のうちにそれは起こった。
娘の身体が入るくらいのかごに水を張ってやり、プール遊びをするのが最近のお気に入りなのだが、娘の「プール、プール」という求めに応じず、こちらが何もしないでいると、件のウソ泣きが始まった。
両手を目のところに持っていき、「えーん、えーん」とやるのだ。
もちろん涙などは流れず、両手の隙間からこっちをちらちら見ているので、一発でウソだとわかってしまう。

なによりもその「えーん、えーん」が、「どんだけ棒読みだーっ!」と思わず叫びたくなるくらい、あまりにお粗末なのである。
下手な芝居に思わず笑ってしまい、結局プールを作ってあげてしまうのだが。

しっかし何がきっかけでこの手の技を習得するものやら。
親の見ていないところで子供が育つというのは、たしかに真理であるなあと感じた次第です。
posted by サイダー at 00:14| Comment(1) | TrackBack(0) | 子育て | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月17日

懲りずにまた。

昔から、妙にひねくれたところがあった。
世の中でこれが流行っている、と言われているものは、買ったり見たりしない。
小学校の頃教室の皆が「たまごっち」に熱中したときも、高校の頃「タイタニック」を2度見た、3度見たと言って盛り上がっていたときも、クラスの半分以上が携帯電話を持ち始めたときも、自分はノータッチだった。
結局携帯電話は大学進学と同時に持つことになったのだけれど。

世の中で話題になっていることを疑っているわけではないけれども、醒めた目で推移を見るだけの自分がいる。
いや、もっと言えば、安易にその流れに乗る行為に一種の恥ずかしさを感じる自分がいるのだ。
ほんとは流れに乗りたい、いやそこまででもない…自分の中で小さく葛藤する局面もあるが、結局踏み切ることはない。
はっきり言って「めんどくせえ」性格なのだ。

そういう性格であるからして、近頃一世を風靡している「iPhone」も所有していないし、「ツイッター」もやったことがない。
「mixi」の招待も無視し続けてきた。
友人知人らから「iPhone」が如何に進んだ携帯電話かプレゼンされ、「ツイッター」こそ次世代コミュニケーションの鍵を握るツールであると延々説かれること幾たび。
その都度、「確かに」「やってみてもよいかのお」などと考えるものの、決まって結論はノー。

ノーであるだけならまだしも、いったい脳のどのスイッチを押したものか、一年以上前に封印したブログなんぞを今日に至ってまたやろうとしている始末。
140文字のつぶやき社会に喧嘩でも売ろうというのか。
いやまあ「あんな断片だけの会話のやり取りでいったい何が伝わるんじゃ!」とか思ったときもあったけども。

まあ例によってあんまり深くは考えておりません。
うー、強いて言えば、最近仕事の上でも私生活上でも、ある程度まとまった単位の文章をしたためる機会が少なくなったので、文章の筋トレのようなつもりでやろうかな、と…。
ほんの出来心なんです。
って、別に誰に咎められているわけでもないのに、なんでこう言い訳じみたことを書いてしまうのだろう。
このむなしい言い訳人生よ。

そんなわけで、まだ読んで下さっている方がいらっしゃったら、またどうぞ宜しくお願いいたします。
posted by サイダー at 19:18| Comment(1) | TrackBack(0) | 自分自身 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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