上のニュースについて。まあ組織によって見解はまちまちという話。バングラディシュの研究と国連の研究とNASAの研究、どれが妥当なのか。国連の報告も、ツバルのように「温暖化のために沈み行く土地があるんだ」ということを世の中に印象付けるためのもののような気もするし、かといってバングラディシュの研究のレベルが、果たして信頼に値するものなのかもちょっとわかりませんね。
いずれにせよ、広がっているというその陸地も、ちゃんと「陸地」として利用可能でない限りは意味がありませんね。農業利用できるとか、建物が建てられるとか。バングラディシュは洪水被害が物凄くて、海外からの投資の集まりにくい場所。それがアジアの中でいつまで経っても貧困から抜け出せない理由のひとつでもあるのです。いろんな国からいろんな支援がされていますが、洪水に泣かされない陸地こそが彼らの一番の望みでしょうね。
さて。
「おそ松くん」「天才バカボン」などの作品で知られる漫画家、赤塚不二夫さんが先日亡くなりました。歌手やタレントなどと違って、漫画という隔壁が間にあるせいか、亡くなったと聞いてもわしはあんまり心を動かされることはありませんでした。けれど報道を見ると、あのタモリが本当に悲しそうに哀悼しているなど、やはりただごとではないのだなあと感じます。
赤塚作品との出会いは小学生のときで、毎週土曜日の夜はテレビで「平成天才バカボン」や「もーれつア太郎」を見ていました。別にものすごくハマッて見ていたというわけではないのですが、いつの間にかあの強烈なキャラクターや台詞が刷り込まれていたのでしょうか。今でも結構はっきりと覚えています。中学校時代にはなぜか古本屋でバカボンの漫画を買って読んでいました。あんなにわけのわからない漫画もなかった(笑)
たとえばバカボンのパパの大学時代の友人がバカボン家に遊びに来るという話。みんな普通に会話している中で、友人の一人だけ、座布団とかいろんなものをかじって「あまい」しか言わない。けれど誰も突っ込まず、話の流れにもまったく関係ない…。彼は結局最後まで「あまい」しか言わずその話は終了。ええっ!?(笑)
みうらじゅん氏も産経新聞の赤塚氏追悼特集で、「ウナギイヌとか、変なキャラクターがたくさん出てくるのに、そこに何の説明もない。シュールすぎる」と語っていました。考えてみればテレビのバカボンで、話の途中に「閑話休題」的に劇画調の絵が差し込まれるんですが、あの絵はいわゆるシュールレアリズムの影響をかなり受けていたような(あんまり詳しくないけど)。けれどもそのシュールさこそが、中毒のように赤塚漫画を浸透させるキモなのでしょうね。
最後に伊集院光氏がラジオ番組で語っていたエピソードを。彼曰く、「若い世代は『平成天才バカボン』しか知らないが、昔は『元祖天才バカボン』というタイトルのアニメで、秀逸な作品がたくさんあった」そうです。そのうちのひとつが衝撃的な内容です。二人のギャング風殺し屋が、スリリングでアップテンポの曲が流れる中、ひたすらにいろんな武器を使って殺し合っている。台詞はいっさいなし。爆弾とかいろいろ使うんだけどもなかなか決着がつかないという状態が延々と続いて、最後は同時にピストルの弾に当たって二人とも死亡。そこで初めてバカボンのパパが出てきて、「これでいいのだ」。以上終了。
伊集院氏の話を聞いているだけで、独特のシュールな世界が目に浮かぶようです…。もしかしたら今後NHKあたりが赤塚氏の追悼特集をやるかもしれませんが、願わくばこの「二人の殺し屋」、ぜひ拝ませていただきたいものです。
赤塚氏のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

