2008年12月16日

「派遣切り」問題についての雑感


今年も残すところあとわずか。このブログもあと何回書けるでしょうか。

上のニュースについて。ううむ、靴だからまだいいようなものの、はっきり言って銃弾浴びせられても文句は言えないと思いますね…(前の記事参照)。

さて。

自動車や家電など大規模製造業を中心に、派遣社員の契約打ち切りや契約更改中止が問題となっています。また、今年の新卒採用で一度は内定を与えた大学生たちに対して、内定を取り消す企業も続出、こちらも問題となっています。いわゆる「派遣切り」「内定切り」です。

今まさに当事者として、この問題に向き合っている人たちは、本当につらい立場だろうと思います。テレビの特集でも見ましたが、数日後の契約打ち切りが決まっている、ある工場の派遣労働者の方は、「これからクリスマスや正月の時期を迎えて、子供が楽しみに待っているというのに『お父さん仕事クビになったよ』なんてとても言うことができない。どうすればいいのか…」と切々と語っていました。

「内定切り」に関しても、ある不動産デベロッパーはある種「手切れ金」として、内定者1人につき100万円を支払ったようですが、そんな措置もなく一方的に通告されたケースもあるようです(そういうやり方は違法性を帯びるようですが)。内定先への就職に向けて、いろいろと準備をはじめようかというこの時期ですから、本人はもちろん、家族にとっても、大きな衝撃を与えたことでしょう。

ただ、そういうつらい状況が生じていることを鑑みた上で、敢えて非情なことを書かせていただきますと、「派遣切り」については、小泉改革路線である「労働者派遣法の規制緩和」の産物であり、その当時からこういう事態が生じうることも、関係者はすでに織り込み済みだったということです。

法改正のポイントは、通訳やアナウンスなど特に専門性を有する限られた職種(たしか26種類くらい、間違っていたらごめんなさい)以外にも、派遣という働き方を広げる点にあります。これは当時の事情を考えれば、理解できる点も多々あった。すなわちIT分野の産業を、国を挙げて強化し、情報通信立国を目指すという明確な国家ビジョンがあった(まだ継続中??)。それに則って、働き方、知的財産のあり方、放送と通信のあり方など、さまざまな分野で活発に議論が巻き起こっていたのは皆様ご承知のはず。

そのうちの「働き方」がこの問題に関連するわけですが、まあIT分野は新しい分野ゆえ、どうしても新興の企業ばかりになる。そういうところは大トヨタや大ソニーなどとは違って、しっかりとした社員の待遇・福利厚生もないようなところがほとんど。「そんな会社には入りたくない!」ということになったのではいつまで経ってもIT産業が育たないから、「派遣元」がしっかりと受け皿となってあげて、IT技術者たちが不安を抱かず働けるように状況を整える。「派遣先」であるIT企業も、業績が安定しないなかで、解雇しにくい正社員を雇うより、ある意味「変動費」のように調整が利く派遣社員を頼るほうがメリットは遥かに大きい。事業が伸びれば、どんどん継ぎ足せばいい。派遣される技術者たちも、派遣先で着実に仕事をこなすことで派遣元での評価を上げ、自分の腕・技能をさらに良い待遇で買ってもらえる。そういうキャリアのステップアップを描きやすかった。

つまりは、国家ビジョンから捉えたこの法改正の趣旨は、IT産業に代表される新興企業の成長のため、その成長を支える労働者(主にIT技術者)たちが、新興企業の待遇や業績変動に不安を抱くことなく業を行い、ステップアップしていけるよう、バックアップすることにあったのです。「包丁一本、さらしに巻いて〜♪」の歌じゃないですが、渡りの板前たちが、己の腕さえ確かならばちゃんと生きていけるように法的に保護するような、そんなイメージです(余計わからんか…)。

実際に、こういう政府のビジョンのモデルとなっているような働き方を実践している技術者や企業は、けっこうあったと思います。「SPA!」で見たとかいうのも入れてですが(笑)。ちょうど日本経済全体に追い風が吹いていた頃ですね。1ドル140円くらいあって。人材派遣業も花盛りで、駅構内の大判広告面では、「この春、仕事を変えてみることにした」なんていう、わしの感性ではとても考えられないようなキャッチコピーが大きく踊っていたりもしましたね…。

先ほども書いたとおり、「国家ビジョンに照らした法改正の趣旨」はそういうことだったんです、少なくとも。ただ、趣旨に沿おうが沿うまいが、改正された法はいろんな利用ができてしまう。そのひとつが「大企業による」、「業績の緩衝材(クッション)」としての派遣社員の利用であり、今回まさに問題とされているところのものです。業績が良ければどんどん継ぎ足し、悪ければ切り捨て、「株主の皆様のために」、企業の利益を確保する。不景気になればそういうことは当然起こりうると、改正前からわかってはいた。警告を発している人もいるにはいたが、右肩上がりの経済という強い風が、その警鐘をかき消してしまった。

まあ、さすがにそれもやりすぎるとあんまりなので、派遣社員を雇って3年が経過した場合に、正社員としての雇用を検討させる補足的制度も設けられているにはいるのです。しかし悲しいかな、それもうやむやにされているか、逆手に取られて3年限りの使い捨てを促すことになっているようです。

ただし、それもこれも本来的な話ではない。ここからは私見です。やはり先ほども申し上げましたが、派遣社員の本質は、本人から見れば「腕が頼りの渡りの板前」であり、企業の経営者から見れば、「変動費」。このドライな関係こそが、派遣という働き方の真髄のはず。企業側が「別れてくれ」と言えば、あっさりと別れる。そのかわり働いた分の報酬はきっちりともらう。サービス残業するなら、その分ももらう。ゴルゴ13みたいなもんです。

日本社会みたいな濡れ濡れにウェットな風土で、「包丁一本」を貫き通せる覚悟がある人こそが、派遣という働き方を目指すべきであって、「切られたら即、泣きつく、抗議する」というのは、本来ならば違うはずです。もちろん、使用する企業の側の意識が足りず、正社員と同様の接し方、仕事のさせ方を強いている現実があり、さらに、大企業が派遣先である場合は特に、有形無形の圧力が派遣元にかかっていることもあるでしょう。それは当然、是正していかねばならない。

ただし、根本の問題は当の派遣社員の側にもある。甘えた考えのまま派遣社員をやっていること自体が、制度を知らず、己を知らず、世の中を知らぬ者の自業自得と言うべきでしょう(なんか『ハケンの品格』みたいになってきました…)。

厳しいようですが、仕方ありません。それが真のプロフェッショナルを育て、優勝劣敗の差をくっきりと、色濃く、明確につけることを指向し、国民が熱狂して支持した、「小泉改革」の成果なのですから…。

(追記)
余談ですが、アメリカでは正社員の労働組合があまりに強い力を持ちすぎているせいで、ビッグスリー問題のようなことが起こっています。トヨタなどと比べて高すぎる労働コストと好待遇が引き合いに出されていますね。今回の「派遣切り」問題で、日本では「株主と、ある種正社員を守ろうとする経営側」が批判の対象となり、アメリカでは「自分たちの暮らしと権利を守ろうとする正社員(組合)を扱い切れない経営側」が批判されています。労使関係も、古今東西。
posted by サイダー at 01:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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