2009年03月10日

観劇評 ポツドール「愛の渦」


早いものでもう三月。この間は「もう年末」なんて言っていたような気がするのですが、今度は「もう年度末」。こうやって歳をとっていくのですねえ…。

上のニュースについて。「チベット動乱」から50年。中国の言葉でいえば「チベット民主化」から50年。恥ずかしながら、チベット問題についてはあまり知識がなく…。チベットと聞いて浮かんでくるのは、「ポタラ宮殿に行ってみたい」とか「吐蕃という王朝があったな(世界史の名残)」とか、そういったことばかり。

1959年というと、太平洋を隔てた中米でも当時大きな事件がありました。「キューバ革命」です。こちらもやはり知識に乏しいわしですが、先月だったか、NHKのETV特集で「キューバ革命50年の現実」というドキュメンタリーを見ました。これはキューバを追い続けたアメリカ人ジャーナリストの記録を元に作られた番組です。革命以降現代までの長きにわたり、キューバに生きる三組の人々を通して、「革命が人々にもたらしたもの」を冷静に探っていく内容で、さすがNHKと言える素晴らしいドキュメンタリーでした。なので、ちょっとご紹介。

徹底的な平等を志向し、フィデル・カストロ議長によって推し進められたキューバ革命は、内需拡大・自前の経済発展を目指すも、アメリカの経済封鎖を受けて頓挫。路線変更を余儀なくされ、ドル兌換制度を導入して外貨を受け入れた。「富める者から先に富む」という社会主義の否定にもつながる道を進むことになったキューバ。確かに経済水準は向上したものの、ドルを持つ者と持たざる者の間で、はっきりと格差が生じてしまい、その状況は今日まで続いている。

ある若者は、キューバという国自体に何らの愛情・帰属意識も見いだせず、「自由」とさらなる「豊かさ」を求めてアメリカに脱出できる日を夢見ている。
ある青年は、ドルを手に入れ豊かになった者たちに比べ、一向に恵まれない自分の生活を嘆きつつも、キューバを愛し、信じ続けている。
ある老人は、革命前も、経済危機の時も、外資流入の後も、同じ畑を耕し、同じ農作物を作っていた。世の中がどうあれ、何も変わらない日々。仕事の後に家族と飲むテキーラが何よりの幸せ。経済発展でやっと村に水道が通るという、その数年前に生涯を終えた。

革命修正前は、皆横並びだが、物質的には貧しい社会。
革命修正後は、物質的には豊かになったが、人々の心はばらばらになった。

ドキュメンタリーでは、しかし、革命は成功だったか失敗だったか、革命の修正が良かったのか悪かったのか、何らの結論も出していない。その中で際立つのは、社会がどんなに変わろうとも、自分の価値観からぶれることなく、幸せに暮らし続けた前述の老人の精神的豊かさである。

「あの革命はなんだったのか」というテーマは同時に、「こちら」にいる我々に対しても、本来的な幸せの意義を問うている。その問いかけは、音声でもテロップでも決して現れることはない。丹念な取材の映像を見ているうちに、自然に視聴者自身が気づかされるのだ。

主張を「押し付ける」のではなく取材を通じて「浮き彫りにする」。この番組が、素晴らしいドキュメンタリーだと思える理由である。まさに、ジャーナリズムの神髄だ。

さて。だいぶ前振りが長くなりましたが、先日行ってまいりました。こよなく愛するポツドールの「愛の渦」。期待に応え、キャストを一新しての再演だとか。

見るのはたしか昨年の「顔よ」以来だろうか。「激情」の大ヒット以降、代表の三浦大輔氏も活動の幅を広げ、様々なメディアにも登場するなど、押すに押されぬ人気劇団となったポツドール。わしが行った日もだいぶ早い時間から当日券を求める人の長蛇の列。なんとかチケットをゲットして場内へ。公演に合わせて新聞に三浦氏のインタビュー記事が載ったせいか、会場を見渡すと中高年男性の姿が多いことに気がつく。これは数年前に「夢の城」を見た時とずいぶんな違いで、それだけメジャーになってきたことの証明である。が、今日の芝居の内容に、彼らはどれだけ耐えられるのだろうか…。

「ポツドールの公演は、開演前も楽しい。」そう言ったときに賛同してくれる人は結構多いのではないでしょうか。そう、なぜなら岡村靖幸「セックス」「マシュマロハネムーン」がアレンジを変えつつ延々と流れているのだから。これは毎度毎度ハマるというか、一種のトランス状態に近い感覚になるのですな。しかもこの曲がまたいかにもポツドールらしくて◎。

ですが、ですが…今回の「愛の渦」。正直微妙でございました…。

まずはあらすじ。設定は現代。どこぞの街の一角にある、「乱交パーティー屋」の店内。この日も常連客から初めての客まで、次々と客が集まってくる。24時、男女4組が集ったところで、店長からルールの説明があり、その後パーティーの開始が告げられる。とは言うものの、その場には緊張した気まずい空気が張りつめ、男は男、女は女で固まって寒々しい会話を続けるばかり…。その後どうにか状況を打開し、「本題」に入ることができた彼ら。一戦、二戦と回を重ねていくうちに、だんだんと場を支配する空気や人間関係にも変化が生じ始める…。

ポツドールの芝居は、登場人物の言動のディテールに着目して、彼らの習性や、彼らの織りなす関係性を楽しむ「人間観察劇」であるということができる。今回は乱交パーティーが前面に出ているが、結局見せたいのは行為そのものではなく、「性欲」という人間の切っても切れないテーマに直面した際の人間の心の動きである。前作「顔よ」では人間の「美醜」を「踏み絵」として、それに直面する人々の心の内面を描きだしていたが、今回はそれが「性欲」であるということ。細部までしっかりとこだわって、芝居を構成していた点は前回と変わっていない。

ただし、今回つらかったのは「踏み絵」の品数。劇中では「性欲」に絡めて、人間同士の序列が決まったり、醜い部分や弱い部分が垣間見えたりするシーンを何パターンも作っているが、どれもこれも想像の域を出ない展開でしかない。「むりやり」「盛り合わせ」という印象が強く、どうしても途中から飽きが来てしまった。

役者はとても立派である。ベッドの上ではまさに体を張って、我を忘れんばかりのフルパワーの演技をしつつも、相当緻密に場の空気を組み立てる演技も行うという、いわば「左を見ながら右を見ろ」くらいのことを要求されているにも関わらず、きちんと役を作ることができている。初めてポツドールの芝居を見る人であれば、「これはとんでもないことをとんでもないレベルで行う劇団だ」ということにもなろう。しかし悲しいかな、「夢の城」からはじまり「激情」「人間失格」「女の果て」「顔よ」と見てきてしまうと、もはやそういうものが眼前で繰り広げられても、どうしても慣れが生じてしまう部分もある。

意識しているにせよ、していないにせよ、いつも期待以上のものを求めてしまうのであるから、観客というのは残酷な存在だなあと、つくづく思う。

とは言え、ポツドールを見たことがない方には「是非」とおすすめできる舞台です。そもそも「こんな劇団がある」ということを体感できるだけで人生ちょっと豊かになります(笑)。15日までやっていて、当日券もあるようなので、足を運んでみてはいかがでしょうか。ただし、相当早く劇場に行って、並ぶ覚悟が必要ですが…。

それでは、今回はこの辺で。しかしなんだかメインがキューバ革命だかポツドールだかわからない記事ですな…。


ポツドール「愛の渦」
2009年2月19日〜3月15日 
新宿 THEATER/TOPS

脚本・演出 三浦大輔

キャスト

米村亮太朗

古澤裕介
井上幸太郎
富田恭史
脇坂圭一郎
岩瀬亮
美館智範

江本純子
内田慈
遠藤留奈
佐々木幸子
山本裕子


スタッフ

照明 伊藤孝
音響 中村嘉宏
舞台監督 矢島健
舞台美術 田中敏恵
映像・宣伝美術 冨田中理
小道具 大橋路代
衣装 中西瑞美 
写真撮影 曵野若菜

演出助手 石井友章
制作 木下京子
広報 石井裕太
運営 山田恵理子

企画・製作 ポツドール
posted by サイダー at 04:45| Comment(1) | TrackBack(0) | 舞台演劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
●松たか子ア.ワだらけの全.裸入.浴シ.ーン【期.間限.定動.画】


松たか子が映画で"泡まみれ全.裸入.浴シ.ーン"を披.露して話題になっている。




http://ikuuhyji.blogspot.com/


この後ろ姿の"泡だらけ全.裸"は、まさに目を釘付けにさせるほどの絶品ぶり。"ソ.ープの泡.踊.り"を妄.想してしまうほど。





http://ikuuhyji.blogspot.com/




その入.浴シ.ーンと撮.影ハ.プニン.グ映.像を期.間限.定で公.開!
Posted by ●松たか子ア.ワだらけの全.裸入.浴シ.ーン【期.間限.定動.画】 at 2009年03月10日 16:20
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