2009年03月22日

子育てについての雑感


おつかれさまです。2年ぶりくらいに、ブログのデザインをいじってみました。前のペンギンがいる赤と黄色のデザインのもよかったのですが、さすがに飽きてきたので、さわやかな緑と白を基調としたこちらのデザインに。いかがでしょうか。

上のニュースについて。燻り続けるアフガニスタンの争いの火種。アメリカは軍の増派を表明していますが、この国が真に平静を取り戻し、多国籍軍が役目を終えて撤退するまでのゴールイメージはそこにあるのでしょうか。憎しみの連鎖が始まり、アメリカの行いが第二第三のタリバンを生むスパイラルを深めているだけなのに、一度介入すると容易に後には引けない。そういうことではないのでしょうか。

さて。今回も自分の近況が主な内容になってしまい、恐縮ですがお付き合い下さい。

昨年末に長女が誕生したことは、このブログでもちょこっと触れさせていただきました。おかげさまで元気に成長し、抱きかかえるたびに「この前よりも重くなっている気がする」と感じます。近頃やっと首が据わってきたようですが、油断するといきなり頭が変な方向にガクッといってしまうので、気をつけねばなりません…。

自分に子供ができてみると、当然のことながら、子供ができる前と考え方が変わったことや、新しく考えるようになったことがいくつか出てきます。そういう頭の中の変化について、自身で反芻しつつ少し書いてみようと思います。

@ 子育ては大変である

子供ができて生まれた思考の変化、その中でも一番大きなものと言えば、これに尽きます。子育ては大変です。「そんなこと言われなくたってわかっているよ」と言われてしまいそうですが、大変であるということが身をもって理解できました。最近はあまりなくなったのですが、生まれてきて最初の頃はとにかくよく泣いて、どんなに夜遅く、こちらが疲れていてもおかまいなしでした。機嫌を取ろうと抱きかかえてあやしても、泣きいらだつ。ようやく寝静まったかと思って、布団に寝かせると1分も経たないうちにまた泣き始める…。毎晩毎晩そんなこと繰り返しで、正直な話、大声で泣いているわが子を見て、ついカッとなって苛立ったこともありました。

日中も、寝ているときはもちろん、起きているときも、ひとりにはできないので絶えず傍にいる必要があります。落ち着いているときは本を読んだり、パソコンを触ったりしていられるのですが、機嫌は箱根の山の天候のようにころころと変わるので、いきなり泣き出すこともしばしば。そうすると、寝かせたままでは泣きやんでくれないので、こちらの用事は後回しにして抱いてやらないといけない。楽をして抱いて座ろうとすると、手抜きがばれるのかまた泣き始めるので(笑)、立って歩きまわりながら落ち着くのを待つ。そんなことをしているうちに30分とか1時間があっという間に過ぎていきます。

外に散歩に連れていこうにも、暑さ寒さを考えてそれなりの身支度をしてあげなければならず、外に出るまでが意外と面倒くさい。いざ外に出ても、人ごみの中でベビーカーを押して歩くのはなかなかに気を張る必要がある作業で、家に帰ってくるとかなりの疲れを感じることがあります。風呂に入れるときでも、自分のことは後回しで子供の面倒をみることになります。風呂から出てしっかりと身体を拭いて、服を着せて、かぶれ止めのクリームを塗って…とやっていて気がついたら、自分は風呂に入ったんだか入っていないんだかわからないくらいに身体が冷え切っていたこともありました。

なんてことを大変そうに書いていますが、子供の世話をやっているのはほとんどが妻で、わしは平日の朝や土日ぐらいです。それに加えて食事を作ったり洗濯をしたり、買い物にも行っています。とても大変なことです。子供を抱きかかえるときに負担がかかったのか、彼女は腰を痛めてしまいました。それでも、泣いている娘をあやすために、抱きかかえるのをやめるわけにはいきません。娘はこれからどんどん大きくなって体重も増えていくでしょうが、だからと言って放棄できないのです。

ふと、毎日の子育てを、自分ひとりでやらなければならないとしたら、いったいどういうことになるか考えてみます。子供の世話を第一に行うとして、自分のこともしなければならない。生きていく上でお金を稼ぐために働く必要もある。細々とした雑用もあるでしょう。夜、布団に子供を寝かせつけながら、自分も疲れ果ててそのまま寝てしまうような暮らし。いつ、どこで、何をしようにも、絶えず子供のことが頭の片隅にちらついているような暮らし。友人知人とゆっくり酒を酌み交わしたり、のんびり舞台を見に行ったりするゆとりなど、物理的にも心理的にも持ちえないのではないでしょうか。

そんなわけで、改めて、子育ては大変である。だから自分が頑張っているということを言いたいのでは毛頭ない。世のすべての母親、特に、何らかの理由によって独りで子供を育てている「シングルマザー」と呼ばれる人たち、その毎日の奮闘に頭が下がる。また育児を理由とする時間短縮勤務という働き方を選んだ女性に対して一時期、「中途半端に働いて…」という思いを抱いていた自身の不明を恥じる。もしかしたら職場よりもきつい仕事をしに、これから出かけるのかもしれないからである。そして、ワイドショーで躍る「幼児虐待」という言葉と共に面白おかしく報じられる事件に対して、「人格の伴っていない愚かな親がこういう事件を起こす」と断罪していた自身の不明を恥じる。個人差はあれ、子育ては心身に疲労を蓄積させるものであり、その蓄積と回復との微妙なバランスのずれにより、悲しい事件を起こしてしまう可能性を誰しも持っているからである。正直自分だって、どうなるか分からない。

とにかく今は、嫁の足を引っ張ることのないよう、尽力してまいる所存です…。

A 待機児童と子育て支援

もう一つ最近考えるようになったのが上記について。うちは共働き世帯で、今は嫁が育児休業中で、子育てに専念できることになっている。ありがたいことに、給料も通常支給の何割かがもらえている。ただしそれも今年いっぱいまでの話。そのタイミングを向えるに当たり彼女は、会社に戻って働くか、辞めるのかの選択を迫られることになる。

働く場合には、このままでは日中子供の世話をする人間がいなくなってしまうので、何らかの措置を講じる必要がある。一つには、わしが育児休業を取得する、もしくは会社を辞めて主夫となるという選択肢がある。あるのだが、育児休業ではその場しのぎに過ぎないし、辞めるというのは現在の生活の維持と今後の生活のための貯蓄を考えた時に、明らかにナンセンスである。

わしか嫁の両親に、日中世話をしてもらうという選択肢もある。ただし、双方地方に住んでおり、特に嫁の実家には家業などもあるので難しい。わしの両親はまだ可能性があると言えるが、向こうの土地や家をどうするのか、こっちでの住まいをどうするのか、何より彼らがそんな生活に納得するのか、まったく未整理である。

順当に考えれば、子育てに関するその道のプロ、保育園に預けるという選択が最も可能性があり、妥当であるようにも思われる。しかしながらそこで、よく言われる「待機児童」の問題が出てくる。保育園に入所する資格があるのに、入りたくても入れず、空きを待っている状態のことである。数年前から国が主導して、待機児童数を減らすために保育園の許認可の緩和などの施策を行っているものの、その進捗度合いは都道府県によってばらつきがある。そして何を隠そう、今わしらが暮らしている場所は、待機児童数に関しては全国でトップクラスなのであった…。

今年中になんとか入ることができればよいのだが、そもそも入ることさえ難しいのであるから、生活にうまく適合する立地やサービス内容、料金など、さまざまな条件にぴったり折り合うということは全くと言っていいほど期待できないのではないか。どこかで妥協する必要が出てくるのだろう。

そして万が一入ることが出来なかった場合。このときはもしかしたらわしが育児休業をとることになるかもしれない。確か最大半年間取得できたはず。その間になんとか保育園に入れることが必要になる。それでも保育園に入れなかったら…、考えたくはないが嫁に仕事を辞めてもらうこともいよいよ視野に入れる必要が出てくる。彼女のもたらす収入が丸ごと無くなってしまうというのも、我が家にとってはかなりの痛手であるのだが。

最初から彼女が「辞める」という選択を望むのならば、それを尊重するまでのことだが、おそらくそんなはずはない。家では子育ての合間を縫うように英語の勉強などを続けているし、何を隠そうビジネス・スキルという点で見れば、むしろ彼女の方がわしよりも余程高い能力を持っているのであった…(謙遜ではなく)。そんな彼女が「仕事を続けたい」と言った時に、それを駄目だという権限は、少なくともわしにはないし、できれば今後も仕事を通じて、お互いを高め合っていく、良い意味での緊張関係を保ちたいとも思っている。

ではどうしたらよいのか…と、そこまで考えつつ、結局いつも結論をみることはない。「まあこれまでの人生も運が味方してくれた部分が大半だから、今回も意外とあっさり保育園に入れるのではないか」という、現実逃避と紙一重の妙なポジティブ思考が湧き上がってくることもある。

日々の子育てという、やや刹那的・即時的な作業に加えて、これからの子育てをどうしていくかという、長期的な計画も行わなければいけない。娘の寝顔や泣き顔を見ているうちにあっという間に過ぎていく24時間の積み重ねに、気がついた時に押し潰されていたということのないように、今のうちから突っ込んだところまで考えなければいけない。いけないのだが、なかなかできない。できないうちに時間が経つ…。断ち切るタイミングを決めるのは、自分次第である。


以上、明らかに子供ができる前には考えなかったことをいろいろと考えるようになった昨今でございます。同様の状況に置かれている歳の近い友人知人もちらほらいますが、彼らもやはり同じように考えたり、悩んだりしているのでしょう。嫁は毎日インターネットの子育て掲示板のチェックを欠かしません。日々の投稿は膨大な数に及び、子育ての後輩に向けた役に立つアドバイスもあれば、愚痴とも何とも似つかぬ独白もあるよう。

子育て。とかく、大きなテーマです。
posted by サイダー at 03:29| Comment(3) | TrackBack(0) | 自分自身 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
そこで、キャシー松井氏が主張する子育てのアウトソーシングですよ。ビルさんの家庭なら経済的には充分可能でしょ。
Posted by NEET(×NTT)東日本 at 2009年03月22日 16:37
おお、コメントありがとうございます。

アウトソーシング、「充分可能」というわけでもないのですよね…。家計の見直しも子育て上の重要なテーマになっております。昔は家計簿を厳格につけていたけど、今は割と適当だったりして、貯蓄ができているやら、いないのやら。

そしていよいよ保険のことも考えなければいけないんですよね。やることがいっぱいだ…
Posted by ビル・ゲイ at 2009年03月24日 08:24
こんにちは(^^)
今日も仕事で、一日PCを覗いています。。
仕事の合間に寄らせていただきました。
時間があるときに、またゆっくり寄らせていただきます。
ブログ応援してます(^_^)/
お互いがんばりましょう!!
それでは。またよらせてください!
Posted by ★KEEP BLUE★ at 2009年03月29日 09:08
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