2009年03月27日

心に響いた一言


おつかれさまです。ここのところ割と調子よくブログを更新しております。もしかして自分、暇なのかしら……?

上のニュースについて。ついに、モルガン・スタンレー証券が三菱に両膝をつく形になりました。昨年MUFGによって9000億の資本注入が行われて以来の新たな動きです。社名などは今後詰めるということですが、まあ必ず名称の先頭には「三菱」が冠せられることでしょうね。

非常に気になるのは統合後の社員の待遇を、どうやって調和を取っていくかということです。金融業界のことはよくわからないのですが、モルガンと三菱UFJとでは、社員に支払われる給与・報酬に非常に大きな格差がありそうな気がしております。あくまでイメージですが、端的に言うと、モルガンの方ががっつりもらっているように感じております。そんなモルガンにいた人たちが、新しい会社での待遇に満足できるものかどうか。モチベーション維持・人材流出阻止という観点から、非常に気になります。

それにしても、わしが学生だった頃は「外資系金融万歳」という感じで、帰国子女はじめ英語ができる人はこぞってモルガンなどの外資系に就職したがったものです。それが今や、リーマンは破綻し、AIGは国に命を救ってもらい、モルガンも三菱がカネを出さなければ死んでいたというところにまで至っているのですから、隔世の感がありますね…。それでもなお外資系人気が衰えていなかったとしたら大したものですが。

さて。今回は「〜〜についての雑感」といういつものタイトルと趣を変えてお届けいたします。これまで生きてきていろいろな人に出会い、さまざまな経験をして、なんとか今までやってこれているわけですが、そんな中、今でも心に残っているさまざまな一言がございます。直接聞いたり、本で読んだり、テレビで見たり、伝わり方こそ違えども、どれもわしの人格形成に非常に大きなインパクトを与えた言葉。備忘録も兼ねつつ、そんな言葉たちをいくつか紹介していこうと思います。


▼「世話になっといて、労いの言葉一つかけられない人には、誰もついていかない」

ふと思い出すたびに胸が痛むのがこの言葉です。話は大学時代に遡ります。

わしは芝居のサークルに入っていたのですが、そこで裏方のあるセクションのリーダーをやることになりました。「制作」と言って、芝居のチラシを印刷に出したり、チケットの販売をしたり、予算を管理したりと、まあこまごまとした業務の多いセクションでした。

ある日、とある事情から追加で紙の作りものをして、手作業で折り込んで封筒に入れるという、割とめんどうな作業をやることになりました。それも大量に行わなければならなかったので、他のセクションのスタッフにも手伝ってもらって、朝から晩までかけてなんとか終わらせました。その時に、同じ制作セクションでわしの下についてやっていた同期の女性から言われたのが、上述の一言であります…。

まあ、本当にその通りというか…。酷いもんですね。「やってもらって当たり前」とか、そこまで駄目な考えではなかったものの、当時は「ありがとう」と言葉で示すことがものすごく苦手だったし、代わりに、お返しに、お礼に、何かやってあげようとか、そういうマインドが一切なかったように思います。自分の損得や都合ばかり考えていて、相手のことなど思い遣る隙さえなかった。上の言葉を浴びせられたにもかかわらず、結局行動が改まってくるまでにかなりの時間を要したように思います。

ちなみにこの言葉を発した主である女性は、当時から非常に大人というか、自分の挙動によって相手の気持ちがどんなふうに動くかを手に取るようにわかっている人でした。当然の如く大変モテましたが、同じ年代の学生などは相手せず、年上の社会人と付き合っていたんじゃないかな。そんな彼女からすれば、上の言葉はどうしようもなさすぎるダメ男に対して、憐憫の情をこめて発した一言だったに違いありません…。


▼「見えないからできない、じゃなくて、何でも挑戦してみようと思います。わたしには、できないことは、何もない」

テレビのドキュメンタリー番組から。パラリンピック出場を目指し、毎日水泳の練習に打ち込む全盲の少女が、ドキュメンタリー最後のシーンで言った一言。

水泳を始めたばかりのころは、あまりの恐怖で飛び込み台から一歩も動くことができず、震えながら泣いていた彼女。厳しい練習に耐え、時には挫折を味わいながらも、よき理解者である母親と一緒に頑張ってきた3年間。その集大成として迎えたパラリンピックの国内選考会で、彼女は基準タイムを大幅に上回る素晴らしい記録を残しました。次はいよいよ世界へ。新しいステージに挑戦する彼女が、カメラに向かって力強く言ったのが、上の言葉でした。

手元のティッシュが尽きるくらいの号泣っぷりで視聴いたしましたが、これは本当に心を打たれました。胸を張り自信をもって、「できないことは、何もない」と話すその姿勢に感じ、同時に、自分ができないこと、やりたくないこと、それら一つ一つをいちいち周囲の人や状況のせいにして正当化しようとする言動、つまり自分に言い訳をしている自分自身の態度がとても恥ずかしくなったことを覚えております。

もちろん今でもそういう部分は多々ありますが、そんなときには彼女の言ったこの言葉を大切に思い出し、少しでも彼女の境地に近づくべく、自省しているのでございます。


▼「いいよ〜〜〜〜っ!」

これは、わしに向けてではないのですが、小学校のときに友人が言った言葉です。

教職の資格を取るために大学からやってきた教育実習生が、しばらくの間授業を行うというのは皆さん経験があるかと思います。比較的歳も近くさわやかな先生のたまごたちに接して、淡い恋が芽生えたりするのですよね(笑)。わしが何年生の時だったかもはや忘れてしまいましたが、その年もまた実習生が数名やってきて授業を行いました。実習最後の日には体育館で全校集会が開かれ、実習生がひとりずつお別れの挨拶をします。その時に、ある男性の実習生が挨拶の中で一言、「僕が無事に先生になれたら、またこの学校に戻って来てもいいかな?」と言ったんです。そしたら、わしの隣にいた友達がすかさず、体育館中に響き渡るくらいの大きな声で、叫んだんですよね(笑)。

叫んでからほんの一瞬、しーん…となって。その後、先生も子供たちも一斉に「おおおおおおおっ!」と。当の実習生は挨拶の後、ステージを駆け下りて彼を抱きしめておりました(笑)。真心から発せられた言葉というのは、たとえ拙いものであったとしても、虚飾に満ちたどんな言葉にも増して人を動かす力がある。当時のわしはもちろんそんなことを考えていたはずもなく、単純に「こいつ、すげえな(普段はろくでもないけど)」と思っていたくらいでしたが、大人になってだんだん心が汚れてきたあたりから、「やっぱりそうだよな…」と、ボディーブローのようにじわじわと染みてきている。そんな名言でございます。


こうやって文字に落としていきながら、上に挙げた言葉たちを反芻すると、自然にその言葉と出会った当時のことが思い出され、甘酸っぱかったり、苦々しかったり、いろいろな感情も一緒になってよみがえってきますね…。回春効果がある記事です(笑)

ずいぶん自己満足な内容になってしまったかもしれませんが、今回は以上です。それではまた来世〜〜。
posted by サイダー at 02:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 自分自身 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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