2009年05月24日

人の思い出と巡るインドの旅A


だいぶ暑い日が続きますね。新型インフルエンザの感染者が国内で300人を超えたそうです。「まあ大丈夫だろう」と思う気持ち半分、小さい娘がいるので、「この子が罹るようなことは避けないと」と思う気持ち半分。そんなわけで、かねて計画していた親子での遠出も諦めることになりました。娘の安全には代えられない、と。

そんな娘なのですが、最近家に招くお客が口々に、「父親(わし)に激しく似ている」と言います。父親に似ている娘は幸せになるらしいです。以前から「この子には黒木メイサさんのような美女に育ってほしい」と強い願望を抱いていたわしですが、自分の顔にひとつも黒木メイサ的要素を見出すことができず、軽い眩暈を覚えてしまいました。まあいいんです、元気に育ってくれれば(笑)。

上のニュースについて。汚職問題で検察の追及を受けていた韓国の盧武鉉大統領が自殺したという話題。韓国では、「元」とか「前」を付けて呼ばれるようになった大統領が、汚職で検察に挙げられることが頻繁に起きているような気がする。盧泰愚元大統領の事件とか、いまだに覚えています。そんなせいか、韓国の政治家というと、カネに汚いというイメージがなんとなくあります。偏見だと思いますが。

崖から飛び降りて死ぬという行為は、当人は死んでしまったわけですから、もはや世論を味方につける「パフォーマンス」の領域を超えています。一身に降りかかった恥辱を雪ぐための最期のメッセージとも取れる。当然、検察のやり方を非難したり、盧氏に同情したりする意見も出てくると思います。けれど、そうであるからと言って、完全に盧氏がシロであるとも言い切れない。気になるのは、盧氏が自殺とはいえ「消された」ことが、誰かにとっての「目的達成」になっているのかどうかということ。検察を動かして絵を描いた勢力がいるのかどうか…。誰か教えてください。

さて。インドの旅の記録の第2回目。人の思い出と巡る今回の旅行記、最初に登場していただくのは、現地で会ったインド人の「A氏」。
彼は、このインド旅行でわしが最も世話になった人であり、いまだに頭の上がらない存在だ。先に「現地で会った」と書いたのは嘘ではないけれど、正しく言うなら、日本にいる時から彼のことは知っていた。

前回書いたとおり、わしは一人でインドに行く羽目になってしまった。日本にいるうちから、それはもう不安で不安で仕方なかった。ただ、往生際の悪い性格もあり、一緒に行く相手が見つからないなら何か別の手を打たねばと考え、思いついたのが、「インドに知り合いがいる友人に頼んで、そのインド人にしばらく現地を案内してもらう」という作戦(?)。

とにかく初めての場所なので、初日からしばらくがどうにも不安だ。インドにいる間じゅうとは言わないが、せめて2、3日くらい、面倒見てくれる心優しく頼りになるインド人はいないものか…。何としてもそういう人を見つけよう…。そう、その時のわしは、「補助輪がないと自転車乗れないよう!」とぐずる子供の如く、軟弱ハートの持ち主だったのである。

かくして、「優しいインド人」を知り合いに持っていそうな人物にアタックすることになったのだが、結論から言うとあまり労することもなく、とある知人があっさりと、「優しいインド人」を紹介してくれた。まさに「窮すれば通ず」。リーチ一発ツモである。その知人は国際関係に学問的興味が旺盛だったこともあり、やたらと外国の友達が多い。わしが頼むと「うってつけの人がいるから、直接連絡してみて。こっちからも話は入れておくから」といかにもやり手な匂いのする返事。こうして、紹介されたのが「A氏」なのであった。

「直接連絡してみて」と言われたあと、英和辞書と首っ引きでA氏宛ての電子メールを書いている自分の姿は、思い出すだに恥ずかしい。「何日のいつのエア・インディアの何便で、インディラ・ガンディー国際空港に着きます。初めてお目にかかるので、それとわかるような目印(服装とか)があれば教えて下さい。よろしくお願いします!」…と、要素としてはそれくらいしか伝えていなかったと思うが、ものすごく時間をかけて文章を作っては書き直し、また作っては書き直し……まるで恋する女子中学生の手書きラブレター。けれどメールにこめた必死さでは、思春期の乙女にも勝るものがあったに違いない。と思う。

遠くインドの地で、画面を見ながら「へたくそな英語だなあ」と思ったかどうかはさておき、A氏からの返信はやってきた。文法とか、そういうのはあんまり関係ない、肩の力の抜けた文章で数行、「会えるのが楽しみサ。僕は君の名前を書いたボードを持って、空港の出口で待っているサ!」と書いてあった。なんでこんな変な口調なのかというと、わしがまだ見ぬA氏に、勝手にそんな風にしゃべるイメージのインド人を重ねていたからである。

例の友人から聞くところによると、A氏はネルー大学というインドでも有数の名門大学(日本の東京大学と言っていいくらい)で工学系の研究をしている大学院生らしい。将来有望な若いインド人男性。知的に光る鋭い目、奇麗に整えられた黒髪、凛々しい口髭。まだ見ぬA氏に対する想像は膨らみ、わしの中では彼は相当なイケメン・インディアンということになっていた。

さて、最初にコンタクトしてからというもの、しばらくインドの旅程やら何やらをメールで連絡しあう日が続いた。その間、ビザも取り、バッグに荷物も詰め、トラベラーズ・チェックも入手し…、インド行きの日がだんだんと近づいてくる。A氏を紹介してもらったことだし、旅の不安も解消したかというと、決してそういうわけでもなく。今度は「彼が空港に来なかったとしたらどうしよう」「もしも飛行機が大幅に遅れてしまったらどうしよう」と、一歩進んだところで不安にさらされる羽目になった。結局、出発のその日まで、わしの不安が消えることはなかったのであった。

ついに訪れた出発の日。荷物を確かめ、A氏からのメールの中身をよーく確かめてから、成田空港へ。初めて乗ったエア・インディアは、ファースト・インプレッションから非常に強烈で、得体のしれない香辛料の匂いとともに、「制服を着た野村沙知代」風CAが出迎えてくれた。「うおぅ!」と声が出そうになった。乗客の多数がインド人。バンコクを経由することもあり、タイ人も多いようだ。悲しいかな、ついつい日本人の姿を探してしまうのだが、どうやらわしと同じくらいの歳の日本人もそれなりにいるようだった。「インド旅行の無事=A氏に会える」と深く信じているわしにとっては、とにかく、飛行機が時間どおりにインドに着くことがすべて。祈るような気持ちで、空へ…。

さて、このフライト中もちょっとした話はあるにはあるのだが、そこは省略しよう。話は約10時間後、わしがインディラ・ガンディー国際空港に到着したところから。

とにもかくにも空港には着いた。日本とインドの時差は3時間半。それに従って時計をインド時間にセットし直すと、どうやら30分ほど予定時刻より遅れて到着したことが判明。焦りながら入国審査を受け、不機嫌そうな係官にぽんぽんと判を押してもらい、早歩きで出口へと向かう。A氏はちゃんと待っていてくれるだろうか…。ただでさえ遅れているので急いで行きたいのはやまやまだが、出口に向かう前にやるべきことが一つ。現地通貨への両替だ。これがなくてはこの国で生きていけない。お客でちょっとした行列になっているにもかかわらず、緩慢に応対するスタッフに対してやや苛立ちつつも、とにかく並んで待つ。

待っている間、おそらく同じ便で来たであろう同年代の日本人男性2人に何気なく声をかけてみた。「これからの予定決まっていますか」と。日本国内であれば思いっきり怪しい文句だが、さすがアウェー、「いやー、実は何も考えていなくて」「着いてから決めようかなって」と、会話が成立するのである。やはり心細いインドの旅、「もし良かったら、一緒に動きませんか。知り合いに紹介してもらったインドの人が、空港まで迎えに来てくれているはずなんです」「ええっ」「いいですね、どうしよう」「やー、もしよかったら一緒について行かせてください」「いいですよ、こっちも一人で心細かったので」「すみません、ありがとうございます」…と、あれよあれよという間に、「3名様」になってしまった。

両替を済ませ、やや足取りも軽く出口へ向かう。鉄柵で作られたルートに沿って、英語の書かれた紙を持ったものすごい数のインド人がひしめき、待ち人の名前と思しき言葉を口々に発している。喧騒で混沌としたこの状況、頼りになるのはわしの名前が書いてある紙のみ。眼鏡をかけ、「A氏よ!いてくれ!」と願を懸け、片っ端から探索を開始。これは合格者発表で自分の受験番号を探す学生の気持ちにかなり近いものがある。とにかく血眼で自分の名前を探しているうちに、

「あれも違う、これも違う…ああ、あった!」と、運命の瞬間が!

やや控えめな字でわしの名前が書かれた真っ白な紙を発見。「くわっ」と見開いた眼でその紙の持ち主を見ると、彼もまたその飢えた視線に気がついたのか、「ハーイ」と陽気に声をかけてくれた。おお、A氏、A氏よ!待っていてくれてありがとう!「もののけ姫」ばりに張りつめまくったわしの心が、じわじわっと溶けていく瞬間である。ああよかった…。A氏は同行している2人のことも察したのか、彼らにも気さくに声をかけている。2人にとっても、A氏の姿が神々しく見えているに違いないのだ。

それにしてもA氏の風貌は、これまで想像していた姿を木端微塵に粉砕するくらいにかけ離れていた。彼のルックスをひとことで表すならば、「イケメン」ではなく「鼻メガネ」であろう。丸みのある眼鏡をかけ、優しい表情を絶やさない彼は、全身から気のいいおっさん風なオーラが漂っている。服装も、なんとなくおっさん風だ。

そんな愛くるしいA氏の姿に触れ、ものの3秒ですっかり安心した我々は、空港を出て、彼の友人が運転しているという車に乗り込んだ。時刻は午後9時くらいだったと記憶しているが、空港を一歩出てしまうと、吸い込まれてしまいそうな暗闇が広がる。その中に、夜行性の動物のように、鋭く光る眼をしたインド人たちの姿がちらほらと。もしも一人だったら、きっとこれだけで心が折れてしまったに違いない…。A氏が来てくれて本当に良かったと思う瞬間だ(実はこの空港を出てすぐ、心が折れてしまった人が本当にいた。その人の話は、また後日書こうと思う)。

さて、A氏友人の車は、快調に夜の闇の中をかっ飛ばす。車中では改めての自己紹介を兼ねて、わしら3人が代わる代わるに名前やら日本で何をやっているかなど、たどたどしい英語で話す。
大して面白みもない話のはずだが、A氏はひとつひとつに表情をつけて反応し、いろいろと質問をしてくれた。いい人である。そして話題は「今日これからどうするか」という、日本人3人とも何も考えていなかったけれど、実は結構重要と思しきテーマに移行した。3人でちょっと話をして、意見の一致をみた上でA氏に、「今日は遅いので、ニューデリーに着いたらそのままホテルを見つけて泊まろうと思う。どこか適当なところを教えてほしい」と伝えた。すでにいくつか候補を調べてあったが、現地の人が教えてくれるところの方が安心だと思ったのだ。

「オーケー」と応えるA氏が、頷いてそのあとに続けた言葉は、我々3人にとって意外なものであった。「それだったら、僕の大学の寮に泊まってしまえばええがね」。

…思えばこれが、A氏のホスピタリティ全開のもてなしの幕開けなのであった。彼を紹介してもらった時点で「リーチ一発ツモ」なのだとすれば、ここにきてさらに「裏ドラ」が乗った状態である。果たしてどこまで点数が伸びるのか……、次回、怒涛の後編へ続く!
posted by サイダー at 02:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 自分自身 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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