まずは気になるニュースを。インドのコメ輸出規制。農業大国が自国民に食べさせる食糧の心配をし始めています。それにしてもインフレ率6.68%とは。日本の食品値上げは、まだかわいいということでしょうか。そうでもないかな。
さて。
最近ろくに舞台を見る時間がなかったのですが、久々に行ってきました、ポツドール『顔よ』。ああうれしい。というわけで、今回はそのレビューを。まだ公演が終わらないうちに記事が書けるのはうれしいですね(初めてかな)。逆に一部ネタバレになってしまうのは、ご了承くださいね(核心は書きませんので)。
今回のポツドール、期待以上でした。前回見た『女の果て』も面白かったのですが、それを上回る内容。『顔よ』というタイトルからも察しがつくとは思いますが、自分の顔に悩み、人の顔に嫉妬し、という、人類が顔を持って生まれてきた以上切っても切れない心の動きについて挑んでおります。
ざっくりとあらすじ。アパートの大家を営む若い夫婦。夫の妹は男に悪ふざけで火をつけられ、顔に醜い傷を負う。心に傷を負った彼女の元に、加害者の男たちが謝罪に訪れる。またアパートの住人たちも、自分の彼氏彼女や他人を見ては、顔にまつわるさまざまな思いを募らせていく。そして大家夫婦にもあることが起こる…。
いろんな人が出てきます。自分の顔に自信があるけどひどい顔の男、肌の出来物を気にして自分の顔に自信が持てない男、かわいいし自分でもそれを自覚している女、自分がかわいくないことを分かった上で達観している女、そしてかわいかったのに顔に傷を負ってしまい心を荒ませる上記の妹、などなど。彼ら彼女らすべては、基本的に「客観的に見た顔のレベル」と「主観的な自己の顔レベル認識」と「性別」の掛け合わせでできている。「男×客観醜×主観美」という感じでしょうか。(まったくの余談ですが、「不細工なんだけど自分のことをカッコイイ・かわいいと思っている役をやってくれ」と言われた役者の心境って、どんなもんでしょうね)
さて、そんな人物同士が、自分の顔をどう捉えた上で、相手に対してどう接しているのかがこの芝居の見ものです。自分の顔に自信がない男(男×客観醜×主観醜)は、自分の彼女(女×客観美×主観美)としょっちゅう喧嘩をするものの、すがりつかざるを得ない。彼女も自分の絶対的な優位を自覚しながら生きている。逆に自分に自信のある男(男×客観醜×主観美)は、自分の彼女(女×客観醜×主観醜)を他の女と比較してその容貌をけなす。彼女はそんな男の言動に傷つきつつも、彼の醜い顔を含め高い次元で彼を愛している。そんな心の広い彼女(女×客観醜×主観醜)であっても、事故で顔に傷を負った友人(女×客観美→醜×主観美)に対しては、同性のプライドなのか、頑なに彼女の美を認めようとしない。などなどなど。
このあたりの人物同士のやりとりが、実に面白く、笑えて納得もできて、さすがだなあと思うところです。ポツドールの芝居って毎回「性と暴力」が強調されがちだし目も引くのですけど、会話のやりとりのさりげなさとかそれらしさが、この劇団の真骨頂だと思いますね。
しかし、それよりも何よりも、今回は話の構成がとにかく抜群だった。ラストのラストはもう本当に脱帽。この舞台の登場人物たちは、一般的に考えれば不自然なほどに顔にまつわる話ばかりしていますが、それがいったいどうしてなのか、非常に明確な解答が最後の30秒で提示されます。それを見たときのショックとも感動とも似付かぬ、「うおおおおっ」という心のほとばしりは半端じゃないですぜ。気持ちよく「やられたっ」と言える感じ。本当は全部ばらしたいくらいなんですが、それはやめておきましょう。とにかく終幕の快感を味わうためにも、ぜひ一度見に行くことをお勧めしたい舞台です。まじです。
ポツドールvol.17『顔よ』
4/4〜13 下北沢 本多劇場
脚本・演出 三浦大輔
出演
米村亮太朗
内田 慈
古澤裕介
白神美央
井上幸太郎
脇坂圭一郎
安藤 聖
岩瀬 亮
松村翔子
横山宗和
後藤剛範
片倉わき
新田めぐみ
梶野晴香
照明 伊藤孝
音響 中村嘉宏
舞台監督 矢島健
舞台美術 田中敏恵.
衣裳 金子千尋
映像 冨田中理
写真撮影 曳野若菜
宣伝美術 two minute warning
制作 木下京子


すっきりして見やすい!…はず。
雨続きで嫌な天気ですが、心の中には青空を持ちたいものです。
雨の日は、潔く長靴はくのがおすすめです。
長靴なんか持っておりませんわ。小雨ならば傘も差さないわたくしですもの。