2009年05月03日

久々に最近の出来事についての雑感


お疲れ様です。結局四月は一度しか更新できずもう五月となってしまいました。今月はもうちょっと頑張ろうと思います…。

上のニュースについて。メキシコを中心に猛威をふるっている新型インフルエンザ。WHOが警戒レベルを「フェーズ5」としたのは史上初とのことで、今後どれほどの被害を世界にもたらしうるのか、注目が集まっています。

このインフルエンザは「感染力は強いが、毒性は強くない」ということで、報道でも「大騒ぎせず、通常のかぜの予防を心がけていれば大丈夫」と呼び掛けているのだが、そんなことを言っている割に「一番大騒ぎしているのは報道自身ではないか」と思わずにはいられない。「感染者が●●人に達した」とか「●●でも感染者確認」などの報道が連日のようにトップニュースに挙げられれば、ただ事ではないと感じるのは当たり前だと思う。横浜の高校生が新型インフルエンザに感染しているかどうかという問題も、さながらバイオハザードの「G-virus」ばりに重大な病原体を持っているかのごとく、周囲が勝手に騒ぎすぎている印象が強い。どこで何をしていたかなどプライバシーにかかわる部分も明かされてしまい、当人にとってはひどい迷惑だったであろう。

罹患者の致死率が100%ならともかく、結局は「ただのH1N1型インフルエンザ」なのであるから、それ相応の報じ方というものがある気がするのだが。もっとも、今回の報道はかつての疫病関連報道に比べればまだまともだと思える。特に、かつて狂牛病報道で公然と「牛肉が危ない」風評を助長し続けたころに比べれば天と地の差があるとも言える。当初「豚インフル」とされていた呼称が「インフルA」または「新型インフル」に変更されたことも幸いしたか。

まずは新型がヒト・ヒト感染を経て強毒性を持つようになるかどうか見守っていきましょう。

さて。五月に突入しましたので、「五月雨式」 につらつらと…(要はそんなにネタがない…)


▼二世議員の立候補制限

例のインフルエンザが話題になる前に、ちょっと論点になったのがこの話題でした。いわゆる「二世議員」など、世襲議員の立候補を制限するというルールを設けようという提案が永田町に波紋を広げている。新聞で渡辺喜美議員が「二世議員故の大変さ」をつらつらと語り、制限の理不尽さを暗に訴えていましたが、議員の仕事で食っている現二世・三世の議員たちにとってはまさに死活問題。

日本の政治が停滞しているのは、地元地盤の利益を代表する議員が何代にもわたって議会に居座っているからで、それを無理やり制限すれば、さわやかな風が議場に吹くであろうという議論はだいぶ前からあったように思います。これはもっともな意見のような気がしますが、果たしてどうかと思えるような部分もある。

小選挙区選挙を例にとると、親の力を持たない候補者がどのような活動で票を獲得しようとするかといえば、王道は地盤を作るために地元の各ステークホルダーと関係を作ること。各候補者がそれを一からやるのは難しいため、結局は所属する政党の力に余計にすがることになるでしょう。つまりは政党の築いたこれまでの「地盤」がしっかりしているほど選挙に勝てるという構図は変わらない。二世議員云々の話ではないと思います。

また各ステークホルダーとの関係を強固に作るのは、時間もコストもかかり埒が明かないと考える候補者もいるかもしれない。それよりはマスコミに働きかけ、一般的な知名度を上げることで票を得ようとするやり方もあるでしょうし、現にそういうことは今もやられています。そちらにもっとドライブがかかり、テレビの前でうまいフレーズを言う能力ばかり優れた議員が跋扈するようになったら、いったいどんな政治になるのでしょうか。それこそ官僚が操縦し易い国会になってしまうのではないでしょうか。

ちなみに憲法14条には「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」と規定されていますが、この制度は「国民を門地によって政治的に差別をする」ものにほかなりません。「政治に関わりたいのに、生まれが理由で関われない人を作る」というのは、江戸時代の士農工商レベルまで逆行する話です。そんな制度を是認してまで二世議員を憎む暇があれば、もう少しまじめに投票に行った方がよほど良いと思います。

そもそもこの議論をするにあたり、「二世だろうがそうじゃなかろうが、当選落選を決めるのは、有権者自身である」という認識が欠如していることが非常に気になります。二世だとあたかも即当選し、それが世の中に悪い影響をもたらす、そしてそれが、「自分の与り知らぬ世界で繰り広げられている」、そういう認識でこの問題を捉えている人があまりにも多いように感じます。そんなに二世議員が厭ならば、こういう制度を議論する以前にもっと簡単なことがある。自分たちが票を投じなければよいという、ただそれだけのことです。

なんでも国任せ、遠い出来事というスタンスを改めない限り、世襲だろうがそうでなかろうが、政治が改まることはないと思うのでありました。


▼エコカー減税と高速料金1000円

標題の話の前に、エコカー絡みで最近聞いた恐るべき話。「プリウスは、すごくカネがかかる」。環境性能を売りにしているトヨタのハイブリッドカー・プリウスは、燃費の良さが自慢。燃費が良いということは必然的にお財布にも優しいということになるはずですが、その部分についてはまったく謳われていない。なぜか。

どうも搭載しているバッテリーを定期的に交換しなければならず、それに10万円以上の費用がかかるのだそうです。結局日々の運転で安く上がった燃費分も、それで相殺される、もしくはもっと高くつくことになりかねないので、「環境にもお財布にも優しい」とは言えないという話。

ディーラーでクルマを買う時には少なくともこのへんの話はされているはずなので、それでもプリウスが売れているということは、「そういう費用負担をしても良いから環境のことを考えたい」と考えている人が多いということなのでしょうかね。あんまりクルマのことはわからないのですが、同じく売れに売れているホンダのインサイトも、もしかしたらそういうコストがかかるにも関わらず買われているのでしょうか。日本人は環境意識の高い国民だったのですねえ。

さて標題の件。燃費の良さや二酸化炭素排出量が一定の基準をクリアしているクルマについては、自動車取得税と重量税を軽減するという「エコカー減税」が導入されてしばらく経ちます。高速料金休日1000円ぽっきりというサービスもスタートし、日本国を挙げて「自動車産業頑張れ!」というムードになっております。

「安くするから環境にやさしい自動車を買ってね!」
「どこまで行っても1000円だからたくさん走ってね!」

うう、すごい矛盾を感じてしまうのはわしだけでしょうか…。まあ公に「景気対策が主目的」と打ち出しているので、そこまで突っ込む気もありませんけど。

本当に本当に環境のことを考えるのなら、使えるクルマを最後まで使うとか、中古車を検討するとか、「資源」という側面をもうちょっと考えた方が良いと思うのですが、国を挙げてのキャンペーンなので、マスコミも加担しており、そのへんのことは触れられない。この連休で早速高速道路も混雑しているようで(場所によっては50キロの渋滞とか)、その間のアイドリングを考えれば二酸化炭素の排出に明らかに悪影響を及ぼしているとは思うのですがね(そういう細かいことを言っても仕方ないとは思いますが…)。

今年はいよいよ三菱自動車の「i-MiEV」も発売になり、エコカー戦争とも呼べるような販売合戦が繰り広げられそうです。「i-MiEV」が400万円ほどとまだまだ高い電気自動車ですが、これもやっぱりバッテリー交換でさらにお金がかかるのでしょうかね。もしこれが飛ぶように売れたら、日本人の環境意識は筋金入りと言えると思います。どれほどそれに食いつくものかどうか、エコカー減税の効き具合と合わせて注目したいと思います。

五月雨式と言いつつ、結局ふたつしか書くこともなく…。もうちょっと頑張ろう。ではまた。
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2008年09月10日

自民党総裁選についての雑感


上のニュースについて。秋冬の東京ガールズコレクションが先日開かれました。AFPに取り上げられているということは国際的なニュースとなっているわけで、これはすごいことです。

かくいう私も先日行ってまいりました。新聞を読むと、コレクションでモデルの身に着けているアイテムは、その場で携帯向けサイトを通じて買うことができ、イベント中にあっという間に売り切れるという風に書いてある。「それはとんでもないことだ、きっとショーが始まるなりみんな一斉に携帯をいじり始めるのだろう」と、そういう光景を期待していたのですが、わしの座っていたあたりでは、ほとんど携帯を操作している人はいなかったね。でも結局今年も完売なんだそうで。きっとキャットウォーク付近のプレミアム席に座っている熱烈なファンたちが買っているのだろうね。

ひとつ思ったのは、今回のモデルの一人として出演していた土屋アンナさんについて。今まで特に意識したことはなかったけど、あの人はすごいね。歩き方、ポーズのとり方、顔の表情、ひとつひとつがまさにプロでした。どの瞬間にどのパーツを切り取っても、ちゃんと絵になると言うか。一部の油断も隙もなく、絶えず緊張感を持って場に望んでいる感じがします。他のモデルももちろん素敵でしたが、彼女は身体から放つオーラが別格でした。キメラアントの「王」クラスです、はい(わかるかな…)。

それにしても会場に押し寄せた女性の数たるや。東京にはこんなに女の人がいたのかと思わんばかりです。今年一年分の女性を見ましたよ。

さて。

巷では自民党総裁選と、大相撲の薬物問題、二つの「麻」で盛り上がっていますね。そんなに連日大麻の話を報じなくても良いのになあと思ってしまいますが、日本相撲協会という、悪役イメージの付いている組織が相手ですので、マスコミのボコり方も半端ないですね。

あれほど大麻はインドで吸えと言っているのに…禁を犯してまで吸いたくなるほど大麻というものが良いのかどうかが、本当にわかりません(かつての記事「大麻にまつわるエトセトラ」参照)。

自民党総裁選のほうは、まあマスコミ対策がうまく行っているなあと。民主党は完全に持っていかれましたね。個人的にも総裁選、非常に楽しみです。総裁選のあと速やかに総選挙という流れがもっぱらのシナリオとして言われていますが、そうなると、我が家で選挙速報を肴に酒を飲むという、素敵な宴会が催されるからです。今年は部屋もテレビもちょっとワイドになっておりますので、これは相当期待できます(かつての記事「泡沫NIGHT2007」参照)。

わしとしてはここはぜひ与謝野さんにがんばって欲しいんですけどねえ。政策通のいぶし銀な雰囲気が前々から「良い!」と思っていたのですが、ついに彼が立ちました。消費税の引き上げ、大賛成です。上げ潮派も民主党の案も悪いとは言わないけど、どこまで信じて良いものか。財政縮小とか、政府のカネの使い方で削り取れる部分は削ってもらいたいけど、それがそのまま福祉の財源を充当しうるのかどうか。経済成長を追及するために減税を行っても、大企業を潤すのみ。その大企業はアジアなど海外に活路を求め、日本の中でカネが回らない。景気の底上げにどれほど寄与しうるのか。

というわけで与謝野さんを応援するのだけれど、彼が総裁になって、そのまま選挙に突入となると、どうも小沢民主党に勝てないような気がする。失礼ながら、アピール力があまりにもなさそう。もしかしたら小選挙区では自身の当選も危ないかもしれない。かつて東京一区で民主党の海江田万里に二度も敗れ去っており、前回の総選挙では大勝したものの、それとて小泉旋風が吹き荒れる中での出来事。そうでなかったら果たしてどうであったか…。

与謝野さんなら選挙中消費税引き上げにも言及することは必至で、さらに状況は厳しい。消費税構想をぶちあげた竹下内閣と、5%への値上げに踏み切ろうとした橋本内閣は、どちらも選挙で見事に爆死していますからね。よほど麻生さんや小池さんが総裁になったほうが勝てそうな気がする。

与謝野さんと囲碁仲間でもある小沢代表が、手心を加えてくれれば或いは…。まあ有り得ませんね、ただただ祈るとしましょう。
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2008年07月18日

片山善博教授の講演についての雑感


上のニュースについて。そもそも「投資」って行為の意味を分からせる必要がありますな。これは…。

さて。

先日慶應義塾大学法学部で教鞭をとっていらっしゃる片山善博教授の講演を聞く機会がありました。片山教授は以前鳥取県知事を二期務めていた方で、地方行政の現場、それこそ泥臭い部分まで知っていらっしゃる、理論と実務両方の体現者ということになるでしょうか。講演内容も必然、「地方からの再生と日本の将来」という、地方に関する話がメインとなったのですが、やはり現場の話は面白い!身をもって知ったいろいろな話題をユーモアも交えてわかりやすく話してくださいました。

彼が何より強調していたのが、地方の経済主体の根強い官依存体質でした。箱モノ行政なんてことは前々から言われていますが、相変わらず土木業はそれで食っている状態。また農業従事者は完全に国からの農業補助金を目当てに農作物を作っている。知事時代、農家に視察に行ったときに、「知事さん、来年は何を作ればよいでしょうか?(何を作ると補助金が多くもらえますか?)」と当たり前のように質問されたそうで、「農家は消費者やマーケットなどはまったく見ず、完全に政府の方ばかり見ているのだな」とまざまざと感じたと語っていました。東京にいるとあまり官依存の経済活動を実感する機会はないかもしれないが、地方は想像以上だと、そんなことも言っていました。

そしてもうひとつ、片山教授は地方自治体を支配する中央省庁も激しく指弾していました。様々な省庁が縦割りで、地方に対して地方交付税や補助金をぶらさげて、骨抜き・借金漬け・愚民化しようとしていると、強い口調で語っていました。財政破綻した夕張市の市長室には、模範自治体として自治省から昔もらった表彰状が飾ってあったのだそうですが、その結果があれだと。中央省庁を信じて、借金を重ねて補助金目当ての事業を繰り返し、小泉政権時代に補助金がぷっつり切られたとたんに、どうにもこうにも回らなくなった。

そんな話を聞いているうちに、地方自治体というのはベッドに横たわる入院患者のような気がしてきました。何本も何本も注射の針が身体に刺さっていて、チューブでいろんな交付金・補助金が点滴されている。回診で小泉という医者が来て、「お前ら自分の力で元気になれ!」と言って、ハサミでばさばさとチューブを切って、ベッドから追い出しにかかった。そしたら患者が、急に容態が悪化してのた打ち回った。小泉医師はそれを横目に「改革には痛みが伴う」と言って、去っていった。その後患者の一人がのた打ち回った結果、口から血を吐いて死んだ。それが夕張市。そんなイメージでしょうか。

片山教授は「地方自治は自業自得(地業地得かな?)」と何度も強調しています。官に任せず、自分で考え、自分で行動する力、そういうものをいち早くつけていかなければいけない。中央省庁も、もっと地方を自律させ、地方の課題を自ら解決させる方向に向かうべきである。それが講演の結論でした。

わしもまったくその通りだと思います。まったくの抽象論ですが、その実現のために必要なのは選択と集中。経済的に大きな利益をもたらすと予想される核となるものがその地方にあれば、それに資源を集中させ、人や組織を巻き込み、大きなうねりを一気に作り出す。衆目を引き付け、世論を動かし、揺るぎないイメージまずは構築し、それに負けない事実と実績も同時に築き上げるということ。実体と評判の正のスパイラルをうまく作ることができれば、他には負けないその地方ならではのエッジが立てられます。

選択と集中のウラには排除と淘汰。そこは申し訳ないが、人情を捨てて大鉈を振るうしかない。その「悪役」を演じる役者が地方に育つかどうか。それとも小泉医師のような凄腕を、外部から連れてくるのでしょうか。彼が通ったあとには血の雨が降るのでしょうが、その向こうに虹がかかるかもしれませんね。

片山教授の話を聞いて、最も感銘を受けた言葉があります。今は教授という立場で、地方自治の第一線からは退いたけれども、「自治体をちゃんとさせる。これが私のライフワークです」と。地方のために、国のために、自分の人生を捧げて役に立つことをしようという彼の言葉には、人の心を動かす確かな力がありました。わしも微力ではありますが、仕事を通じてこの国の役に立っていきたい。勇気をもらえる言葉でした。

ちなみに。わしが前回書いた大分の教員汚職問題。やはり片山教授も怒っていらっしゃいました。曰く、「小学校中学校の義務教育は、誰であっても等しく教育を受けるためのものであり、その制度趣旨は『機会の平等確保』にある。今回の事件は、その義務教育の担い手ともあろう者が、賄賂という手段で積極的に『機会の不平等』に加担した事件であり、言語道断だ」とのこと。

やはり慧眼。ろくでもない先日のわしの記述と比べて、同じテーマでここまで違うものかと、改めて自身の不明を恥じた次第であります。はい…。
posted by サイダー at 14:09| Comment(4) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月27日

新銀行東京についての考察



韓国では新しい大統領が就任。政治を企業経営に例えて再生の構想を打ち出しています。その韓国が大嫌いな「あの人」はと言えば、企業経営がうまくいっていないせいで批判を浴びております。ただしこちらは例えではなく、本当に本当の企業経営なわけですが。

新銀行東京、400億の追加融資案を発表して以降、こぞってマスコミが叩き始めました。読売が26日朝刊の社説で、「もう手を引くときだ」って言っているのがすごい。

報道を中心にいろいろな意見を見ていると、新銀行東京の経営責任と、新銀行の構想を打ち出した石原都知事の設立責任とが混在している状況である。最近は行内の営業方法やリスク管理の甘さが明るみに出てきて、設立責任から経営責任へとシフトしているようで。

個人的にはそれはまともな話で、逆に今さら石原都知事の設立責任を言い出すのはおかしいような気がする。この間行われた都知事選挙では、一応争点の一つとして新銀行東京の問題が挙げられていた。その時既に預かり資産が3割減ったとか、とんでもないことになっていたわけである。これは石原都知事にも大きな責任があるなと思い、俺は対抗馬だった浅野氏に一票投じた。これは、そんなに昔の話ではない。

隠されていたとんでもない事実がいきなり明るみに出たというのであれば、石原都知事をこのタイミングで責めることも分かる。けれど、選挙のときにこの銀行の問題が争点として提示されており、しかも都のカネがやがて救済のために注ぎこまれることも明らかであったにもかかわらず、彼を知事に選んだのは東京都民である。今さらいちいち意見を変える有権者って、どうだろうね。覚悟がない。

で、経営責任がいろいろ言われているという話。まあ銀行も大変な商売ですな。ひと昔前は「貸し渋り」「貸しはがし」なんて言われて責められるかと思えば、今度は「簡単に(リスク管理が甘く)貸しすぎ」だと言われて…。まあ顧客の預金を守るのが本筋ですから、どちらかというと貸し渋っているくらいがちょうど良いのかね。

ちなみに個人的な新銀行東京のイメージは、ひどく悪いです。というのは、都営地下鉄の薄暗い構内の、さらに人通りのない一画にぽつんとATMが置いてあってですね、物凄くさびしいイメージなんですよ。しかも誰かが使っているところを見たことがない…。あれは明らかにマイナス効果ですよ。ほんとに怖いくらいさびしいんだもの。

そして、根本的に勉強不足なのですが、新銀行東京と東京都民銀行って、何が違うんでしょうか…。あ、後者が純粋な私企業なのか…。いやはや。
posted by サイダー at 05:41| Comment(2) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月30日

裁判員制度考

ご無沙汰しております。

最近やたらと寒い日が続いておりますね。日経のコラム「春秋」では、「別にこんなきつい時期にあえて大学入試センター試験とかやらなくてもいいんじゃないか」と書いてありましたが、まったくその通りだと思いますね。多くの人が避けて通れない大学入試は、制度優先で利用者側の視点に立つ必要がない世界なので、ずっとそんなことになっているわけですな。

さて。

最近NHKのニュースで見たのですが、刑法の条文に載っている「略取」や「教唆」なんていう言葉を平易でわかりやすいものにしていこうという取り組みが行われているようです。平成16年度から5年以内に施行されるという裁判員制度もそうですけど、裁判所は「国民に分かりやすい司法」に向けての取り組みを、いろいろと進めているようですな。

そんな裁判員制度。仲間由紀恵を起用した告知のキャンペーンを行ったりしていたなあという以外に、特段考えたこともなかったけど(大学は法学部出身なのに…)、よくよく考えてみると、どうなのかなあという気もしてくる。

最高裁判所のホームページには裁判員制度の導入趣旨として、「国民に身近で、分かりやすく迅速な裁判を実現」なんてことが書いてある。ぱっと見は誰も文句の言いようのない優等生的な話なのだが、迅速な裁判は裁判制度の運用上必要としても、別に国民に身近で分かりやすい裁判である必要はないのではないか。

裁判、特に刑事裁判って制度は、裁かれる側の人間の自由と人権をどう扱うか決めるための手続きである。その手続きを進める上で一番重要なのは、やっぱり裁かれる本人にとって、裁判が公正であり正確であると感じられることであろう。裁かれる当事者ではない国民の方を向く必要があるのかしら。

国民にとっての「裁判の身近さ・分かりやすさ」と、裁かれる本人にとっての「裁判の公正さ・正確さ」が同じものであれば問題はないのだけれど、当然ながら両者はまったく異なるものである。朝と昼のワイドショーに影響を受けているような国民の分かりやすさなんかを追求すると、また松本サリン事件の河野さんのようなことになりかねないと思ってしまう。

そもそも、もしも自分が被告人だったら、裁判員に判決を委ねるような真似は絶対にしたくない。法律の素人が、それこそ「市民感覚」で人を裁くことほど恐ろしいものは無いと思う。人を裁くことの意味、法律を人間に適用し、人の自由と権利を制限することの意味をしっかり学んできたプロフェッショナルでなければ、裁判はやってはいけないと思うのだが。もしも別の仕事のことを気にしながら片手間でやっている裁判員たちに、多数決で変な結論を出されたら死んでも死に切れないと思う。

何のために裁判官はいるのだろう。何のために法律を勉強させて、厳しい試験まで設けて、司法権の独立まで与えているのだろう。裁判員制度の導入ということになって、悔しがる、憤っている法曹はいないものだろうか。はっきり言って、今の裁判・今の裁判官は世の中になめられている。なめられているから、世の中に尻尾を振らざるを得なくなるのだ。それが一人の国民として、とても情けなく感じる。そんなに国民に分かりやすい司法がやりたいのなら、国民に開かれた処刑ということで街で公開処刑でもやったらよろしい。

ちなみに、裁判制度の「真の利用者」は被告人であるにもかかわらず、被告人に「裁判員参加を拒む権利」はなさそうだ(個々の裁判員への不選任要求はできるが)。センター試験もそうだが、こちらも本当の利用者側の視点に立って、考え直したらよいのでは。
posted by サイダー at 22:28| Comment(2) | TrackBack(2) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月30日

我々は何処へ行くのか

今年ラストの記事になります。最後に本当に言いたかったことを書きます。

先日の新聞で、大変ショックな記事を見ました。パキスタンのブット元首相爆殺ではないです(それももちろん衝撃的だったけど)。日本の国民一人当たりの国内総生産(GDP、名目ベース)が、OECD参加国内で18位に順位を落とし、全世界でのシェアは10%を切ってしまった(9.1%)という記事です。

国全体で見れば、日本はアメリカに次ぐ第二位。順位を落とした背景には、GDPの算出がドルベースで行われ、円安の日本が不利になり、ユーロ高のヨーロッパが有利になったということもあります。世界との比較なので、日本の中だけ見ている分には何も動きは無いかもしれない。別に生活が貧しくなったとか、そういうわけではない。

世界における日本の影響力が、どんどん小さくなっているという、ただそれだけのことです。


「アメリカに次ぐ、世界第二位の経済大国」


そういう言葉を、小学校や中学校の社会科の時間に本当によく聞いていました。大学入試の試験や大学に入っての課題で、「世界に対して日本が果たす役割」について、日本語、時には英語でレポートを書いた記憶があるけれど、そのときも馬鹿のひとつ覚えのように、「大きな経済力を持つ先進国として…」というようなフレーズを遣っていた気がします。

幼少の頃からの繰り返しの刷り込みのせいか、自分の中では、日本という国は「世界第二位の経済大国」であり、それを出発点として、日本のあり方、日本と他国との関係性を考えていたんですね。

もちろん、中国などBRICsと呼ばれる国々やアジア諸国は数年前から目覚しく経済発展していたわけだし、アメリカがアジア外交のプライオリティを日本から中国にシフトしたのも、一昨年前から顕著になってきてはいました。

そういう事象は日々いろいろと頭に入ってくるのだけれども、やはり思考の中枢には、「世界第二位の経済大国」という言葉がずっと居座っていた。

それが、あの記事を見た途端に、なんというか、さーっと頭の中から剥がれ落ちていったというか。「経済大国」という言葉が本当に寒々しいものでしかなくなってしまいました。確かに、いまだに世界で第二位ではある。けれども着実に、世界の中で順位を落とし続け、影響力を失い続ける様子が、頭の中に描けてしまった。同時に、悲しいことだけれど、「日本とは何か」を規定する言語が、自分の中に見つからなくなってしまった。

こういう話は、前々から議論されていたことで、特段目新しい話題ではないのかもしれませんが、自分の実感値としてここに記しました。教育機関による子供への刷り込みが良いか悪いかは別として、少なくとも俺は「世界第二位の経済大国」という言葉によって日本を捉え、それをベースに物事を考えてきた時期がありました。今それがなくとも、少しは物事を見知った人間に成長しましたから、またいずれ日本像を再構成することもできましょう。

もしも日本人に共通の現象として「世界第二位の経済大国」が失われているのだとしたら。今まさに、学校に通っている子供達に、我々は「日本」をどう伝えればよいのか。薄ら寒いものを感じながらも「世界第二位の経済大国」を貫き通すのか、全く新しい日本の姿を指し示すのか、だとすればそれはいったい何なのか。それとも、何も伝えられないまま、「大人」にしてしまうのか。

来年は衆議院が解散し、総選挙が行われる公算が大きいようです。勝つのは自民党でも民主党でも、どちらでも良いのかもしれない。

我々は何処へ行くのか。この問いに答えてくれさえすれば。
posted by サイダー at 17:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月07日

ブーメランばりに早く戻ってきた小沢代表

「恥」という言葉があります。
この間聞いた話なのですが、中国でいかがわしいお店に入った外国人は、警察当局に摘発されると、パスポートに「恥」というスタンプを押されるらしいです。恐るべき仕打ちです。とても配偶者や彼氏彼女には見せられません。なんという不幸。

別に猥褻行為をしたわけではありませんが、民主党の小沢代表には特大の「恥」スタンプを押さざるを得ないでしょう。

11月7日の民主党両院議員懇談会の場で、辞意を完全撤回。

なぜ撤回したのか。そしてなぜこのタイミングだったのか。そもそもなぜ辞意を表明したのか。なぜ、なぜ、なぜ、ばかりです。

俺は以前「民主党小沢一郎の政治センスは本物か」なんてタイトルで彼についてブログを書いております。そのときは、政策ではなく、政局に力を注いでるんじゃないかと書いた。そして彼の体調の問題から、そんなに先のことは考えておらず、次の衆院選に力を注ぐのでは、とも書いた。

だから自民党との連立を断った後に辞任を表明したときは、「政局を取りにいくことができないくらいに心臓の持病が悪化しているのか。だからどこかで辞めるタイミングを探っていたのだろうか」と思っていた。どうやらそれは違うらしい。

ここ数日間で民主党が失ったものはあまりに大きすぎる。


有権者の小沢氏への疑問・不信感
結局小沢氏に頼らざるを得ない民主党の非力さ露呈(党内運営面、対外イメージ面、選挙実戦面)
小沢氏が離れたら党が割れるのではという民主党の脆さの露呈
共同戦線を張っている他の野党からも批判されているという状態
自民党に有利な攻め球を提供してしまったという状態
「誹謗中傷」発言が招いた、マスコミの小沢氏個人への反感(もともとマスコミ嫌いの小沢氏だけに、影響は甚大)

それにしても、自民党に対して何ら対抗できるタマを整えないまま、このタイミングで辞意を撤回するのであれば、センスが無いとしか言いようがないね。安倍元首相を笑えないですよ。

とは言え、民主党はイメージこそ悪化させたが、議席数を減らしたわけではないし、参院を握っている状況に変わりはない。法案がひとつも通らない事態を焦るべきは、政権担当与党である自民党のはずで、民主党は毅然としていれば良い。自民党から投げられてくるタマが「大連立」だろうが「政策協議」だろうが、説得力のある理由をもってして、通すものは通す、通さないものは通さない。民主党のやるべきことはそれであるし、それ以外にやることはないはずだ。

それにしても、社民党やら共産党やら他の野党は、野党第一党がこういう事態に陥っているのに何らの存在感も示せていない。むしろ存在してないも同然。これも情けない。
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2007年09月06日

賭けゴルフの悪さの本質とは

ちょっと前の話で恐縮ですが、民主党の横峯良郎議員の問題が、週刊新潮やテレビ番組などで取り上げられていた。賭けゴルフや女性との不倫問題が主な内容だが、真偽を巡りどうやら裁判にまで発展する様子。別に勝手にやってくれ。

そんな彼も「やった」と認めているのは、賭けゴルフ。

賭博罪に当たると物々しく書いている記事もあるし、まあそうなのだろうと思うが、考えてみると、そもそも賭けゴルフはどうして犯罪になるのだろう。そして賭けゴルフや賭け麻雀はだめなのに、どうして宝くじとか、競馬、競輪の類は許されるのだろう。

ここからは推測。

やって良い賭けとやってはいけない賭けがあり、違いは公的承認が得られているかどうか、ということか。公的承認を必要とすれば、まあ不正なく賭博が行われるし、悪い団体が賭博場を開いてがっぽり儲けるということも出来ない。だとすると、賭博屋を開いて組織ぐるみで儲ける、なんてことがない限り個人が賭けをやっても良いんじゃないかという気がするのだが。

ちなみに昭和25年とかなり昔だが、最高裁は、賭博罪の保護法益(その法律によって守るべき利益)を「公序良俗、すなわち健全な経済活動及び勤労と、副次的犯罪の防止」としている。賭博屋の跋扈とか賭博時の詐欺行為が「副次的犯罪」ってところかね。

「健全な経済活動及び勤労」ってのは、個人がまともに仕事してちゃんと家計をやりくりするってことかね。でも、競馬やら公的承認下で行われている賭博でも、やっぱりまともじゃなくなっちゃう人もいるわけで。もっと言えば、ある種まともに勤労しているみたいだけど、株やら先物取引にはまっちゃう人も同じことなのでは…。賭博より怖い経済活動はいっぱいあるし、そもそも投資を伴うビジネスなんてギャンブルそのものと言えないこともない。

ううむ、ややこしくなってきた…。この世に身を滅ぼす賭博的なものはいっぱいあるのにそこまではカバーできず、ゲームを楽しむためのちょっとした賭博が引っかかってしまう。いったいこの法律は、何を守ろうとしているのだろう。

ちなみに余談だが、賭博にも分類があり、まったくの偶然の事象を対象に行うものを「賭け事」、麻雀とか、当事者の技量にも左右される事象を対象に行うものを「博技」と言うらしい。賭けゴルフはこっちだね。ちょっと勉強になった。
posted by サイダー at 12:24| Comment(1) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月03日

安倍内閣潰しが止まらないし、下らない。

遠藤武彦農水大臣の辞任。
山形県が地元と聞くと親しみが沸くが、何が何だか分からないうちに辞めてしまった。補助金の問題なんて、正直良く分からない。

今日の全国紙五紙朝刊は、一紙を除いて、「遠藤農相、今日辞任へ」を報じていた。例外一紙とは言うまでもなく産経で、ここだけは「遠藤農相、今日『更迭』」。安倍内閣寄りなので、内閣が自らの判断で問題のあった大臣を辞めさせたというニュアンスを出している。残りはまあ、「世論」に追い詰められて安倍内閣の大臣が辞める羽目になった、というニュアンスだろうか。

なんか下らない。

もうちょっと具体的な政治の話題はないのかね。

こういうスキャンダルはどんな人にもわかりやすいけど、逆に「民主党は政策で勝負できない」と自分で言っているようにも感じてしまう。

ずーっと前に、評論家の竹村健一がテレビの生放送で、新進党のことを「ガラクタの寄せ集め」と言ってお詫びをさせられていた。新進党の流れを受けた民主党も、結局はごった煮集団に過ぎず、政権を担う力はないのではなかろうか。

あと、気になるのは今日の朝日の記事。

野党側は「農水相ばかり不祥事が多発している。農水省の構造的な問題も厳しく問いつめなくてはいけない」(民主党の鳩山由紀夫幹事長)として、同省の補助金行政のあり方も含めて、臨時国会で追及を強める構えだ。(9/3付 Asahi.comの記事より抜粋)

冷静に思うのは、「農水省ばかり不祥事が多発している」ことは「農水省の構造的な問題」とまったく関係ないのではなかろうか。辞めた遠藤大臣と赤城大臣、自殺した松岡大臣も、農水省がらみで不祥事を起こしたのではないし、農水省不祥事の引責辞任でもない。いずれも自分の事務所費や関与する組合など、一政治家・一個人の問題だ。

まさか鳩山氏ともあろう方がそんなことが分からないはずはない。きっと国民をうまいこと誘導しようとしているだけ。けれど、けれど、もし本気で「これは農水省の構造的な問題だ!」と思っていたら、ちょっと頭が「基地の外」なのかもしれない。

そして、ちょっと考えればおかしいと分かることなのに、鳩山氏のコメントをそのまま載せてしまう朝日新聞。打倒安倍内閣を掲げるのは結構だが、果たしてそれはジャーナリズムと言えるのだろうか。

今日はちょっと辛口。
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2007年08月27日

小池大臣、最後のお勤め。富士総合火力演習

26日、陸上自衛隊の富士総合火力演習に行ってまいりました。去年に引き続き二回目です。

富士総合火力演習…陸上自衛隊がその戦力を日本国民に示すデモンストレーションの場と言いましょうか。毎年夏に御殿場でやっているのですな。この世の大半の人が、そんなもん知らないよと思うかもしれませんが、一部のファンをはじめとして、実は根強い人気を誇るイベントらしいです。

マイカーのない人は、御殿場駅から出ている臨時バスに乗らなきゃいかんのですが、行ってみるとバスを待つ人の長、長、長蛇の列。やっとこさ会場に着くと、広い敷地を埋め尽くす観客の皆さん方。いったい何千人いるのか、何万人いるのか、よく分かりませんがとにかくすごい。会場最前列と、会場後方のスタンド席(見やすい)にいる人は前日からの徹夜組だと、居合わせたおじさんは語ってくれました(そのおじさんも朝の三時起きで来たというからとんでもない話)。

徹夜で待つほどの富士総合火力演習ファンであるからして、その気合いの入り方はすごいものがある。軍人さんっぽいいでたちの成人男性はもちろん、まだ幼稚園に入りたてといったアーミー坊やもちらほら。遅く来た俺がのこのこと最前列に入り込もうとすると、露骨に嫌な顔をされ、行き場をなくし仕方なく通路に座ろうとすると、おばさん(というには少し若い女性)に激怒されるという散々な有様。

そんな俺に救いの手を差し伸べてくれたのが、前述のおじさんだったのである。地獄に仏とはまさにこのことか。せめてものお礼にと、みたらし団子を差し出したが、やんわりと拒まれてしまった。別に賞味期限ごまかしてないよ!直射日光ですんごく温まってたけど!まあここはひとつ、仏様は俗世の食べ物は召し上がられないということで、一応納得しておこう。

その仏様も俺も感動したのが、小池百合子防衛相の来場である。27日の内閣改造で彼女はその職を去ったわけで、言わば最後の仕事(厳密には違うが)の様子を見ることが出来たわけだ。黒塗りのクルマで観客の前を通り過ぎ、スタンド席に向かう百合子(呼び捨て)。俗世の民に向かって手を振る様子は、さながら菩薩のようであった。

さて、演習が始まる。前半と後半に分かれていて、前半は戦力の紹介。航空自衛隊の協力によるF2戦闘機の爆撃で幕を開けるのだが、これは昨年、天候不良により見られなかったので、非常に楽しみであった。遠くのお山がターゲットなのだが、その爆風がこっちまでくるからすごい。爆撃後、高度をぐんぐん上げて小さくなっていく戦闘機が、なんともかっこよいではないか。

その後は、陸上自衛隊の戦力が次々と登場。迫撃砲やら戦闘ヘリやら。どれも面白いが一番好きなのは90式戦車である。会場に現れるや否や、かなりのスピードで走ったまま大砲をぶっ放す。とんでもない音と硝煙の臭いで、会場は一気に盛り上がるのである。ごつい望遠レンズのついたカメラが、一斉にシャッター音を鳴らすのも、この90式戦車のシーンである。

軍楽隊の演奏をはさんで、後半は演習形式のデモンストレーション。偵察から敵陣殲滅までを行うのだが、中盤以降戦車や装甲車が何台も出てきて、ひたすらに撃ちまくる。もしも自分が敵陣サイドにいたら、今すぐにでも降伏したくなるような光景である(たぶんその前に死ぬ)。そして最後は物凄い数の戦闘ヘリが突っ込んできて、ナイアガラ花火のようなのが上がって、壮絶な終幕となる。

この演習、観客が楽しんでもらえるように様々な演出を凝らしている。だが、そんなエンタテインメントとしての効果以上に、「やっぱり日本の自衛隊はすごい」と思わせる効果は抜群であろう。現場を想像させるだけの筆力がないのが惜しいが…、あの臭い、あの爆風、あの轟音…いやーこれはもう、見るしかないっすよ。まじで。
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2007年08月13日

民主党小沢一郎の政治センスは本物か

参院選の特番を楽しみながら酒を嗜む「泡沫NIGHT2007」、無事終了いたしました。遅ればせながらご報告です。今回も楽しませていただきました。

ざっと各局の感想を。NHKは結果の数字が早いので、ついつい見てしまう。偉いぞ。日テレとTBSはつまらん。参院選の煽りをもろに受けたのがフジテレビ。もともと選挙がないことを想定して27時間テレビを企画していたのに、もろかぶり。八時には選挙速報の「L字」を出しながら、しぶとく放送を続けていた。テレ朝は自民党が負けて大はしゃぎ。MVPはテレ東。キー局で唯一、選挙結果に応じた政界シミュレーションドラマを作るという変り種。これがいろんな意味で秀逸だった。票が伸びずキャスティングボードを握ることさえできなかった国民新党の綿貫代表を中継で呼び出し、「自民・民主が拮抗し、国民新党がキャスティングボードを握る編」のドラマを見せ、「綿貫さん、どうですか?」と質問する無理やりな進行っぷりが実に良い。しかもドラマの綿貫氏役の似てないこと似てないこと。綿貫氏は本気で切れていたように思う。あれには笑わせてもらった。

そんな参院選。結局勝ったのは民主党でした。しかも野党連合で参議院を支配するというバカ勝ちっぷり。投票率はそこそこ高かったらしいのに、公明党は何をやっていたのだろう。「選挙に強い小沢」を存分に見せ付けてくれました。

彼が率いる民主党に、さらに「政局センス」を感じたのが、つい先日のこと。民主党ら野党三党が9日に「郵政民営化見直し法案」を参議院に提出したという話。結局国会の閉会により、審議されないまま廃案となったが、秋の臨時国会でも、再提出をするらしい。

これには参った。彼がこの行動によって、どのような効果を期待しているのか、まざまざと見えてくるのである。参議院でこの法案を通すことは容易だろう。何せ野党で過半数ある。その後の衆議院では、法案は否決されるだろう。ただし、その賛成・反対の内訳が見ものである。

強行に郵政民営化を推し進める小泉によって自民党を追われた議員たちがいた。安倍政権になり、彼らは自民党に復党することになった。その議員たちが、「郵政民営化見直し法案」に対して、賛成するのか反対するのか。小沢氏が国民に見せたいものは、そこなのではないかと考えている。

復党議員たちが「見直し法案」に賛成するなら、「自民党の分裂、安倍氏の指導力のなさ」が追及されることになる(まず、ありえないシナリオだが)。反対するなら、「あの時離党してまで民営化に反対したのは何だったのか」と、議員への個別攻撃の積み重ねによって、自民党のイメージ悪化へとつなげていくだろう(たぶん、こっちになる)。そしてそのタイミングに合わせて、内閣不信任決議案を衆議院で提出してくるだろう。

小沢氏はもう、郵政民営化などにはまったく興味はなくて、いかに自分の率いる民主党が、次の衆院選で勝利するのか、この一点しか考えていないような気がする。体調的にも、次が自分の最後の仕事と思っているのかもしれない。彼の「政策」には何ら響くところはないが、彼の「政略」には、並々ならぬ信念が感じられる。

なんて、ちょっとカタめの内容になりましたな。ではでは、良いお盆休みを!
posted by サイダー at 20:55| Comment(3) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月19日

泡沫NIGHT2007

参議院議員の普通選挙がいよいよ29日に行われます。どこに居ても街頭演説を聞かない日はないくらい。立候補者のアピールチラシを配っているおばちゃんたちを見るにつけ、「この日本で、政治に関心を持っているおばちゃんがこんなにいたとは!」という気持ちになります(失礼)。

こんな俺ですが、実は選挙大好き。20歳になってから投票は皆勤賞。夜はもちろん熱心に選挙速報番組を観賞。テレビ局各局が人員を総動員して、かなり気合を入れて報道している様子が面白い。当確が一つ増えるたびに心が躍るし、勝った党、負けた党の代表のコメントには、いつもの答弁やら演説にはないリアリティを感じます。

この間の都知事選も大変痺れた。選挙速報番組の開始からいきなり「石原氏三選確実」の文字が躍る。選挙対策事務所で、敗れた黒川紀章氏が足を投げ出した格好でタバコをふかしつつ、呆然とテレビを見ている。こんな絵ヅラ、選挙がなけりゃあ見られませんぜ。

あんな感動をまた味わいたい!できれば誰かと感動を共有したい! ということで、今年は家に敬愛する知人を招きつつ、酒など嗜みながらじっくり選挙番組を観賞することにいたしました。題して「泡沫NIGHT2007」。選挙の楽しみの一つは、なんといっても泡沫候補ウォッチング。選挙期間にぱっと咲いては散ってゆく「仇花」、泡沫候補の皆さんに最大限のリスペクト。

もちろんタレント候補もがんばっています。元テレビ朝日アナウンサーの丸川珠代氏などは、「帰国してから今まで選挙行ってなかった」というネタのためだけに、身体を張って立候補してくれたわけですが、それとてまだまだ甘い。ガムシロップくらい甘い。

政見放送でひたすらに私小説(日記?)を読み上げて終わった三井理峯氏(故人)、軍歌を高らかに歌い上げる熱血老人・深作清次郎氏、候補者も投票者も皆殺しの唯一神・又吉イエス氏などなどなど…。泡沫候補たちはタレント候補が決して持っていないオーラを、皆ビンビンに放っております。これほどの傑物が日本にはいるのだなあ、日本もまだまだ捨てたもんじゃないなあ、と本気で思うわけです。今回も泡沫候補史に名を残す巨星が誕生するのを楽しみにしております。

そんなわけで、29日が待ち遠しい今日この頃。宴の模様はまた後日ご報告いたしますね。覚えていればですが…
posted by サイダー at 21:06| Comment(2) | TrackBack(1) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月21日

「生む機械」と気の毒な人々

大変ご無沙汰しています。
気がつけば、新年一発目。ああ光陰矢のごとし。

高校時代の友人が結婚をするということで連絡をくれた。彼女は地方在住。相手は東京。いわゆる遠距離恋愛というやつだ。結婚を機に東京に出てきて、一緒に暮らすのだという。彼女は就職して二年目。三年勤め上げるまでは今の仕事を辞めるつもりはないと考えていた彼女。だが実際は三年経たぬうちに仕事を辞し、東京で新しい暮らしを始めることになる。「仕事はまたしたい」とは言うものの、それがいつになるのかは分からないのだとか。

いったい何がきっかけとなって彼女が結婚を決意したのか、一番気になるのはそこだ。「三年」を待たずに決めた理由が知りたかった。子供を宿したとか、そういうことではないらしい。聞けば、何度か互いの家に行くうちに、一緒に暮らしても良いかなと思えるようになったのだとか。そんなものであろうか。

会社では同期がどんどん結婚していく。昨年の後半から、それこそ雪崩を起こしたように次から次へと結婚の知らせだ。すでに子供がいる者もちらほら。久々に高校・大学時代の知人に会って盃を交わせば、話題は共通の知人の結婚や出産の話。いつの間にかこんな年になってしまったのだなあとつくづく思う。

結婚・出産といえばついこの間、「生む機械」発言というのが話題になった。冷静に発言内容をみれば、「生む機械」という端的な言い方はしていないことと、話の直後にすかさず訂正をしていることが分かる。けれどもテレビをはじめとする報道には、そういうことはあまり気にしない。編集ができることが一点。そしてひとたび「生む機械」というキーワードが世に広まれば、細かい事実関係などは、誰も気にしなくなるというのがもう一点。発言はいただけないが、大臣も気の毒ではある。

もっとも一番気の毒なのは、この問題に端を発して、当の大臣を責めるだけの国民一般である。そもそもどうして、大臣がこんな不祥事に見舞われているのかを考えていない。さらに言えば安倍内閣が発足してから、大臣の不祥事追及が連続することの意味も考えていない。結局小泉内閣から続く、政府対官僚の構図がここにはあるのではないか。

政府主導の政治を掲げて小泉政権がスタートした。途中田中真紀子氏が外務省を追われたが、小泉人気に押されて、官僚の抵抗の余地も少なかった。小泉の後を継いで、昨年安倍内閣がスタートした。首相就任前こそダントツの人気だったが、就任後は小泉前総理との比較で徐々に人気も薄らいだ。付け込む隙ができたということだ。再び官僚主導の政治を作るために「安倍崩し」が本格的に始まった。閣僚には当然の如く張り込み役がいるだろう。身辺は洗い出し、軽率な発言があれば逐一記録し、場合によってはマスコミにタレこむ。「生む機械」騒動も、結局はそういう「意図」が作り出したものであろう。

一連の閣僚不祥事で国民が騒げば騒ぐほど、得をするのは誰なのか。分かりつつ騒ぐのは良いのだが、わからないで騒いでいるのであれば、それはあまりにもお気の毒というしかない。

今日は少し辛辣かしら。
まあ何が言いたいかというと、俺も早く結婚したいなあと(笑)
posted by サイダー at 18:28| Comment(2) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月16日

コンビニとレジ袋有料化

また更新を怠ってしまいました。いかんなあ…

スーパーとかコンビニで買い物をする時にもらえる「レジ袋」、あれが有料になる方向で話が進んでいるみたいですね。有料になった時にコンビニがどういう対応をするのかが注目されます。

今年は容器包装リサイクル法の見直しの年だそうです。その見直しの目玉がレジ袋。なぜ急にレジ袋が取り上げられたのかというと、「無駄遣いの象徴で、道端に捨てられていると一番目立つから」だそうです。年間推計消費量は、一番大きな袋に置き換えて計算すると300億枚にも上るんだといいます。すごい量ですね。

これを有料化することで、買い物客がばんばん使って捨てている今の意識を変えて、「有料だから丁寧に使おう」とか「自分の袋で代替しよう」という意識にシフトさせようというのが、見直しの狙いです。

レジ袋は石油製品です。焼却すると二酸化炭素が出ます。レジ袋が少なくなれば石油の節約になるし、二酸化炭素排出量削減にもつながります。

京都議定書にしたがって二酸化炭素排出量を減らしていかないとなりませんから、レジ袋利用を抑えることには大きな意味があります。そのためにスーパーやコンビニ、そして消費者も協力しろよと、まあそういうことです。

スーパーは有料化に積極的です。すでに自分の袋を使えだとか、レジ袋有料(5円くらいですが)をやってるところはありますよね。ちなみにうちの近くのスーパーは「袋要りませんよ」と言うと、会員カードのポイントが1000円分も貯まるんですわ。これは相当お得なんで、俺は毎回袋を持参しております。

逆にコンビニはなかなか有料化を認めたくないようです。というのもそもそもお客は手ぶらで立ち寄る人たちがほとんどだし、温めたお弁当を手で持たせるなんてことはできないので、レジ袋の押し売りみたいなことになってしまいかねない。

コンビニ側はこういう消費者の利便性を前面に出して反論することも可能でしょうが、おそらく有料化の流れは固まっているでしょうし、むしろもう「有料化によるイメージダウンを避ける戦略」を立てているんじゃないですかね。有料化導入当初は袋の分お弁当値下げとか絶対にやるでしょうし、大きなところでは環境保護活動に取り組んでいるイメージをもっと前面に出してくるでしょうね。

まあ人間は俺をはじめ欲の深い生き物なんで、先に上げたスーパーのように「袋使わないと得だ」と感じさせる仕組みが、一番効くと思いますよ。これからの展開に注目しましょう。
posted by サイダー at 11:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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