2009年01月13日

観劇評 NODA MAP「パイパー」



元旦からだいぶ時が経ちましたが、皆さまあけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

上のニュースについて。ブッシュ大統領が回想録出版の意向とのこと。それにしてもこの写真を掲載するAFPのセンスがすごい(笑)。

アメリカ大統領は任期終了後は、講演や執筆で食べていくパターンが多いらしいです。聞いた話では国内での講演一回に付き、ギャラが一千万円くらい発生するとか。任期が終わってからのほうが収入が良くなるなんて皮肉を言われるほどです。

「ブッシュ大統領は8年間の在任期間を通じて、たびたびメディアから演説中の言い間違いなどを指摘されている」(上記記事より引用)なんて最後に触れられていますが、日本の麻生首相もそうだけど、言い間違いとか漢字の読み間違いくらいのことでマスコミがとやかく言う必要があるのかしら。

さて。

このところ引っ越しやら出産やらといろいろな出来事が続いて、ろくに舞台を見る暇もなくなっておりました。このブログでも見に行った芝居についての感想をたまに書いていたのですが、ふと気付けば、前回は昨年春の「ライオンキング」のまま止まっているではないか。もちろんその後何回かは芝居を見に行った気がするけど、もはや「気がする」くらいの話ですからね。何を見たのかろくに覚えていない。「グリング」とか見たかなあ…程度のゆる〜い記憶。

「このままではいかん!」と思ったわけではないのですが、先日隙を見て、行ってきましたよ。野田秀樹の新作『パイパー』を見に渋谷の「Bunkamura」へ!独りで……!!!

前売券を持っているわけではないので、狙うは当日券。19時の回の当日券は18時に発売される。だからと言って18時に行ったのでは売り切れている可能性が高いので、一時間前の17時到着を目指して家を出る。このぐらいであれば、本多劇場レベルの人気公演でも問題なく当日券が買えるのだ(たまに他に誰も並ぶ人がいない中、ひとり寂しく先頭に立つこともある。虚しいのう…)。

しかしさすがは野田秀樹。17時ちょいすぎに到着すると、すでに20人程度の人が並んでいるではないか!もしかしたら今回はだめかもなと思いつつ、恐る恐る列の最後尾へ。横の壁には「パイパー当日券お求めの方は階段に沿って一列にお並びください」の張り紙が。どうやら今自分が並んでいるところまでは、毎度列が達しているようだ。ひと安心。

それから小一時間ほど、半分屋外のため、寒風に身をさらして凍み豆腐のようになりながら、小説を読みつつひたすら18時を待った。気づけばわしの後ろにもすでに長い列ができている。皆洟をすすりながら耐えている。芝居は見れたが風邪をひいたという人が、あとあと必ず出てきそうな寒さだ。

そんなこんなで、やっとの思いで当日券を手に入れて見たNODA MAP『パイパー』の観劇評を以下に。もしかしたら初めて、まだ公演が続いているタイミングで記事をアップできるのかしら。いや、めでたい。ただ、公演が続いているわけなので、あんまりネタバレ的なことも書けません。まあ、さらっとまいります。

あらすじ。舞台は文明の崩壊した未来の火星。姉フォボス(宮沢りえ)と妹ダイモス(松たか子)の姉妹は、廃墟同然の「ストア」に住み着き、そこに残った人工食で命をつないでいた。物心ついたダイモスはなぜ火星が荒廃してしまったのか、過去に何があったのかを知りたがるが、フォボスも父親ワタナベ(橋爪功)も、肝心なことは教えようとしない。冒頭、ストアに天才的な頭脳を持つ少年キム(大倉孝二)とその母親(佐藤江梨子)が移り住んでくる。ワタナベはある目的のため、キムに大量の「死者のおはじき」を渡す。火星人の鎖骨に埋め込まれ、死んで取り出されるそれを自分の鎖骨に当てれば、その人が送ってきた一生を見る(感じる、というのが正しいか)ことができるのだ。

死者のおはじきを鎖骨に当て、死者の記憶の海に引きずり込まれていくキムとダイモスたち。そこは、まさにこれから火星を開拓すべく希望に満ちあふれた入植者が地球からやってきた時代。パイパー博士が提唱する幸福度の指数「パイパー値」を「8888」にすることを目指して、人々はせっせと開拓に励む。地球時代の紛争を根絶するため、怒りの力を吸収し、人々を幸福にするための手伝いをする人工生命体「パイパー」も投入され、パイパー値も順調に上がっていく。

死者のおはじきをせっせとかざして、開拓期、隆盛期と、火星の歴史を紐解いていくキムたち。そしてついに、火星の荒廃につながる決定的な事件を目の当たりにする…。

ここからは感想。上でも書いたけど役者は皆さん大物ぞろい。姉妹を演じた宮沢さん・松さんとワタナベの橋爪さん、演技が自然でよい。姉妹の見どころは何といってもラスト前の長回し。途中ちょっとつっかえて見ているほうが冷や冷やするようなところもあったけど、あれは観客を完全につかんだんじゃなかろうか。単純にすごいというのと、「松たか子と宮沢りえは、こんなことができるのか!」と。二人は途中「食堂のおばちゃん(二人の先祖)」の役も果たすが、それもなかなか決まっていた(笑)。それ以外の役については、火星人という設定のためか、無理にキャラクターを作りすぎているような気がした。それが「くどさ」につながった気もする。残念だったのがコンドルズ。彼らが、というより彼らの役回りが残念。さすがに彼らが出演となれば、もうちょっと派手なアクションを見たかったんだがなあというのが正直な気持ち。地味に身体は動かしているんだけどもね…。

さらに不満だったのが舞台美術で、芝居の構成上抽象舞台しか作れないとは思うけど、ちょっと粗雑な感じがパッと見であった。宇宙船とパイパー値のLED表示に大半の舞台予算が行ってしまったのだろうか。確かにあの宇宙船はよかった。降りてくるとき生理的に不気味で、雰囲気が出ていた。衣裳や映像も工夫があってよかった。パイパーは気持ち悪くてGOOD。

内容に関して。いくつかテーマが設定されており、それが「パイパー値」であったり、食に関することであったり、わかりやすい設定と演出で観客に提示される。見ているほうも明確に、「今の日本や社会全体が抱えるこの問題のことが言いたいのだな」と気がつくことができるはず。各テーマはいつの世でも問われ続けている普遍的なものなのだが、そのうちのひとつに関しては、経済的な激変に見舞われ社会が不安定になっている昨今の状況に、あまりにもうまくはまっているのが驚くべきところである。公演が1月にスタートなので、もしかしたら昨年後半からの社会情勢を踏まえて、シナリオや舞台構成をリライトしたのではないかと思うほど。

ただし今回、テーマはわかりやすく「提示」されていたにすぎない。かつての「オイル」の時のような、鬼気迫るほどのトーンで観客の眼前に突き付けるくらいの切っ先の鋭さがあれば、もっとよかったのかなと。

あと思いつく点としては…、野田氏特有の「言葉遊び」。今回も健在で、ぐんぐん会場を引き込んでいたし、わしも笑わせてもらった。よく思いつくよなあ。そして野田さん自身、おいくつなのか分からないけど、カラクリ人形のようによく動いてしゃべって、それで他の役者の演出から裏の調整から何から、全部やるってんだから…本当にすごいと思う。突然「実は機械で動いてます」と言われたら、「ああ、やっぱりそうだったんですね」って皆答えると思うね(笑)

最後に、ワタナベの生き方について。たぶん賛成反対、好き嫌い両方あるのだろうけど、わしは「あると思います」。「食い道楽の歴史」を研究してきた者としての矜持と意志が、そこには感じられるので。これもかなりストーリーの核心なので、多くは語りませんが。

とまあ、見ていない人には何が何だかわからないような記述だらけになってしまい、大変恐縮です。千秋楽までまだ時間もありますので、もしよかったら足を運んでみてくださいな。それではまた。


NODA MAP 第14回公演『パイパー』
2009年1月14日〜2月28日
渋谷 Bunkamura シアターコクーン

作・演出 野田秀樹

キャスト

松たか子
宮沢りえ
橋爪功
大倉孝二
北村有起哉
小松和重
田中哲司
佐藤江梨子
コンドルズ(近藤良平 藤田善宏 山本光二郎 鎌倉道彦 橋爪利博 オクダサトシ)
野田秀樹


スタッフ(一部)

美術 堀尾幸男
照明 小川幾雄
衣装 ひびのこづえ
選曲・効果 高都幸男
振付 近藤良平
映像 奥 秀太郎
ヘアメイク 宮森隆行
舞台監督 瀬崎将孝
プロデューサー 鈴木弘之
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2008年12月29日

イスラエルによるガザ地区空爆についての雑感



2008年も残すところあとわずかとなりました。皆様年越しに向けての準備は順調でしょうか?

さて、上のニュースについて。…が、今回の記事の主題です(珍しいですね)。年の瀬にこんな大きな事件が起ころうとは。新聞社などはだいたい年始の新聞はだいぶ前から紙面を作っておくものですが、さすがにこれほどの事件ともなれば、進展があるたびにそれなりの紙面を割いて報じないわけにも行かない。各社はぎりぎりまで対応に追われるでしょう。

またテレビ局もタイムリーに事件の進捗を伝える事になると思いますが、年末年始のどうでもいいような下らない番組が垂れ流される合間にちょこっと「緊迫する世界情勢」が報じられるという、ぬるい感じになりそうです。

半年間の停戦期限が切れそうだというタイミングで、武装勢力ハマスの側から、イスラエルに向けてロケット弾をぶっ放した、それに対する報復、というのが今回のイスラエルによる空爆の意味だという。それで今日現在のところ、300人弱が死亡した、と。

わしはイスラム好きなので、こういう話題は絶対中立的視点を持ち得ないことを前置きしておきますが、やはりこれはイスラエル側を非難したい。

というのも今回の空爆の背景には、イスラエルの政府・与党がパレスチナに対して弱腰ではないことを自国民にアピールするという狙いがあったからです。イスラエル国内では、来年に迫る選挙を前に、パレスチナに対して強硬姿勢を貫くゴリゴリの武闘派野党ファターハに、国民の支持が傾きつつあるという政治的事情があった。「与党もばりばり強硬にやってます。ほら、しっかり爆撃したでしょ」という、国内へのアピールが必要だったというわけです。

まあこれだけ国際的な(冷ややかな)注目を浴びることになれば、国内の支持を集めるという目論見がうまく行くかどうかはわからなくなってきましたね。しかし、仮にパレスチナにいるアラブ人を殺せば殺すほど政権支持率が上がるのだとすると、ユダヤ人というのは常軌を逸した民族と言わざるを得ませんね…。そんな民族はナチスドイツのホロコーストで全員死に絶えてしまえばよかったのに、とは思いませんけど(本当に思ってませんよ!)。

「他民族の人命」を政局の具にする国家が今でもあるという現実。「雇用」を政局の具にしているなどと騒がれている極東の島国なんて、かわいらしいものだと思えてきます。

さてこの問題、1月4日から船出となるアメリカのオバマ政権にとってもいきなりの試練。イスラエル、パレスチナ、その武装勢力ハマス、アラブ諸国とどう「協調」と「対話」していくのか、のっけからとんでもないハードルを突きつけられた格好になります。おそらくは、世界をリードしきれないアメリカの弱体化ぶりが明らかになる、そんな結末を迎えることでしょう。2008年末のアメリカは、経済力を失い半身麻痺。2009年からは国際政治力を失い、いよいよ全身麻痺、というところでしょうか。

ただ、殊パレスチナ問題については、個人的にはアメリカがどうというより、火種を作ったイギリスにきっちり責任を取って欲しい。イスラエルとアラブ陣営の双方に甘い声色で「パレスチナの土地をやる」と出来るはずもない約束をしたのはイギリス。あの約束のせいで、どれだけの血が流され、どれだけの人たちが傷ついたことか。世界史の教科書に載っている「お話」は、今も尚多くの人々を苦しめる問題であり続けている。

今のアメリカがそうであるように、イギリスは一昔前に経済力と国際政治力の両面で失速し、世界の主役から退いた。もはや単独ではパレスチナ問題を解決できる指導力を持ち得ない老いぼれ国家ではありますが、この十字架は死ぬまで背負うべきものでしょう。「やらない」とは言わせないし、言わせるべきではない。

そして日本のスタンスは、これまで通り、中立・傍観がベストでしょうね。どっちかに肩入れする立場にはないし、そんなことよりも国内の景気対策がよほど重要です。悪質な内定切り企業の社名公表基準が云々とか、そんなことはどうでもよいので、足場の悪くなっている分野を中心に大規模な減税措置とか、どんどん講じてほしいもんです。

というわけで、今回はこのへんで。

最後にちょっとご報告。先日我が家に長女が誕生しました。おかげさまで今のところ元気に育っております。夜泣きで睡眠時間を奪われている嫁をサポートすべく、入浴の手伝いなんかをしております。中腰の作業なんかもあって、結構腰が痛いです。我が身の老いを感じさせる年の瀬でございます…。
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2008年12月16日

「派遣切り」問題についての雑感


今年も残すところあとわずか。このブログもあと何回書けるでしょうか。

上のニュースについて。ううむ、靴だからまだいいようなものの、はっきり言って銃弾浴びせられても文句は言えないと思いますね…(前の記事参照)。

さて。

自動車や家電など大規模製造業を中心に、派遣社員の契約打ち切りや契約更改中止が問題となっています。また、今年の新卒採用で一度は内定を与えた大学生たちに対して、内定を取り消す企業も続出、こちらも問題となっています。いわゆる「派遣切り」「内定切り」です。

今まさに当事者として、この問題に向き合っている人たちは、本当につらい立場だろうと思います。テレビの特集でも見ましたが、数日後の契約打ち切りが決まっている、ある工場の派遣労働者の方は、「これからクリスマスや正月の時期を迎えて、子供が楽しみに待っているというのに『お父さん仕事クビになったよ』なんてとても言うことができない。どうすればいいのか…」と切々と語っていました。

「内定切り」に関しても、ある不動産デベロッパーはある種「手切れ金」として、内定者1人につき100万円を支払ったようですが、そんな措置もなく一方的に通告されたケースもあるようです(そういうやり方は違法性を帯びるようですが)。内定先への就職に向けて、いろいろと準備をはじめようかというこの時期ですから、本人はもちろん、家族にとっても、大きな衝撃を与えたことでしょう。

ただ、そういうつらい状況が生じていることを鑑みた上で、敢えて非情なことを書かせていただきますと、「派遣切り」については、小泉改革路線である「労働者派遣法の規制緩和」の産物であり、その当時からこういう事態が生じうることも、関係者はすでに織り込み済みだったということです。

法改正のポイントは、通訳やアナウンスなど特に専門性を有する限られた職種(たしか26種類くらい、間違っていたらごめんなさい)以外にも、派遣という働き方を広げる点にあります。これは当時の事情を考えれば、理解できる点も多々あった。すなわちIT分野の産業を、国を挙げて強化し、情報通信立国を目指すという明確な国家ビジョンがあった(まだ継続中??)。それに則って、働き方、知的財産のあり方、放送と通信のあり方など、さまざまな分野で活発に議論が巻き起こっていたのは皆様ご承知のはず。

そのうちの「働き方」がこの問題に関連するわけですが、まあIT分野は新しい分野ゆえ、どうしても新興の企業ばかりになる。そういうところは大トヨタや大ソニーなどとは違って、しっかりとした社員の待遇・福利厚生もないようなところがほとんど。「そんな会社には入りたくない!」ということになったのではいつまで経ってもIT産業が育たないから、「派遣元」がしっかりと受け皿となってあげて、IT技術者たちが不安を抱かず働けるように状況を整える。「派遣先」であるIT企業も、業績が安定しないなかで、解雇しにくい正社員を雇うより、ある意味「変動費」のように調整が利く派遣社員を頼るほうがメリットは遥かに大きい。事業が伸びれば、どんどん継ぎ足せばいい。派遣される技術者たちも、派遣先で着実に仕事をこなすことで派遣元での評価を上げ、自分の腕・技能をさらに良い待遇で買ってもらえる。そういうキャリアのステップアップを描きやすかった。

つまりは、国家ビジョンから捉えたこの法改正の趣旨は、IT産業に代表される新興企業の成長のため、その成長を支える労働者(主にIT技術者)たちが、新興企業の待遇や業績変動に不安を抱くことなく業を行い、ステップアップしていけるよう、バックアップすることにあったのです。「包丁一本、さらしに巻いて〜♪」の歌じゃないですが、渡りの板前たちが、己の腕さえ確かならばちゃんと生きていけるように法的に保護するような、そんなイメージです(余計わからんか…)。

実際に、こういう政府のビジョンのモデルとなっているような働き方を実践している技術者や企業は、けっこうあったと思います。「SPA!」で見たとかいうのも入れてですが(笑)。ちょうど日本経済全体に追い風が吹いていた頃ですね。1ドル140円くらいあって。人材派遣業も花盛りで、駅構内の大判広告面では、「この春、仕事を変えてみることにした」なんていう、わしの感性ではとても考えられないようなキャッチコピーが大きく踊っていたりもしましたね…。

先ほども書いたとおり、「国家ビジョンに照らした法改正の趣旨」はそういうことだったんです、少なくとも。ただ、趣旨に沿おうが沿うまいが、改正された法はいろんな利用ができてしまう。そのひとつが「大企業による」、「業績の緩衝材(クッション)」としての派遣社員の利用であり、今回まさに問題とされているところのものです。業績が良ければどんどん継ぎ足し、悪ければ切り捨て、「株主の皆様のために」、企業の利益を確保する。不景気になればそういうことは当然起こりうると、改正前からわかってはいた。警告を発している人もいるにはいたが、右肩上がりの経済という強い風が、その警鐘をかき消してしまった。

まあ、さすがにそれもやりすぎるとあんまりなので、派遣社員を雇って3年が経過した場合に、正社員としての雇用を検討させる補足的制度も設けられているにはいるのです。しかし悲しいかな、それもうやむやにされているか、逆手に取られて3年限りの使い捨てを促すことになっているようです。

ただし、それもこれも本来的な話ではない。ここからは私見です。やはり先ほども申し上げましたが、派遣社員の本質は、本人から見れば「腕が頼りの渡りの板前」であり、企業の経営者から見れば、「変動費」。このドライな関係こそが、派遣という働き方の真髄のはず。企業側が「別れてくれ」と言えば、あっさりと別れる。そのかわり働いた分の報酬はきっちりともらう。サービス残業するなら、その分ももらう。ゴルゴ13みたいなもんです。

日本社会みたいな濡れ濡れにウェットな風土で、「包丁一本」を貫き通せる覚悟がある人こそが、派遣という働き方を目指すべきであって、「切られたら即、泣きつく、抗議する」というのは、本来ならば違うはずです。もちろん、使用する企業の側の意識が足りず、正社員と同様の接し方、仕事のさせ方を強いている現実があり、さらに、大企業が派遣先である場合は特に、有形無形の圧力が派遣元にかかっていることもあるでしょう。それは当然、是正していかねばならない。

ただし、根本の問題は当の派遣社員の側にもある。甘えた考えのまま派遣社員をやっていること自体が、制度を知らず、己を知らず、世の中を知らぬ者の自業自得と言うべきでしょう(なんか『ハケンの品格』みたいになってきました…)。

厳しいようですが、仕方ありません。それが真のプロフェッショナルを育て、優勝劣敗の差をくっきりと、色濃く、明確につけることを指向し、国民が熱狂して支持した、「小泉改革」の成果なのですから…。

(追記)
余談ですが、アメリカでは正社員の労働組合があまりに強い力を持ちすぎているせいで、ビッグスリー問題のようなことが起こっています。トヨタなどと比べて高すぎる労働コストと好待遇が引き合いに出されていますね。今回の「派遣切り」問題で、日本では「株主と、ある種正社員を守ろうとする経営側」が批判の対象となり、アメリカでは「自分たちの暮らしと権利を守ろうとする正社員(組合)を扱い切れない経営側」が批判されています。労使関係も、古今東西。
posted by サイダー at 01:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月10日

やっぱり最近の出来事についての雑感


いつの間にか師走。急に寒くなって参りましたが、みなさま風邪など引いておりませんでしょうか。今年は新型インフルエンザによるパンデミックまでもが想定されており、例年以上に注意が必要です。わしもとりあえず予防接種を一発ぶちこんでもらいましたが、すごく痛いんですよね、あの注射…。しばらく腫れが引きませんでした。

上のニュースについて。トリビューンが破産法を申請したことでかなり衝撃を受けましたが、ニューヨーク・タイムズまでもが自社物件を担保に入れての必死の金策。ビッグスリーは古い経営体質を指弾され苦境に陥っていましたが、高額な給与やコスト感覚のなさという点では、新聞社も同じようなものです。ビジネスモデルを急転換することが難しい業態ゆえ、むしろ深刻ともいえましょう。

さて。

今回も五月雨式に。なんかすみませんね…。最後に自分の近況もちょこっと。

▼いよいよ始まる裁判員制度

裁判員選定の通知が一斉に送付されたことが報じられ、「ああ、そんなこともあったな」という具合に思い出されてきた裁判員制度。「裁判員制度考」というだいぶ前の記事でも書きましたけれど、基本的には直ちに止めていただきたい制度ですね。

国民に開かれた裁判なんか被告人のためにならないし、冤罪や審理の遅延の責任を半分国民に転嫁しようという裁判関係者のプロ意識のなさを露呈させるだけでしょう。裁判員には審理に関する守秘義務が課せられていますが、誰もが匿名でウェブ上に情報発信でき、しかも一度載せたら容易には抹消できない情報環境下で、被告人の重大なプライバシーが曝露されないと誰が保証できるのでしょう。

被告人のための裁判なのに、どんどん、どんどん、被告人の利益が後退していく現状は、何か事件が起きたときに殊更容疑者の「性悪さ」「異常性」を切り取るだけの報道によって、国民の前頭葉が麻痺させられている結果であると強く感じます。

「目には目を」ではないですが、そんな麻痺した世の中を動かすには、やはりそれ相応のショックが必要でしょうね。裁判員に選ばれた人間が、関与する裁判官や裁判員全員を説得し、故意に無実の人間を死刑に追い込み、その過程を詳細に公表するとか…、誰か心ある人はやってみてください。どうなるかは知りませんが。


▼勢いづく田母神氏

むしろ航空自衛隊幕僚長を辞めた後のほうが活き活きとしているとさえ言える「タモさん」です。ネット上での彼の評判は上々なようで、販売部数低迷に悩みネットに活路を見出さんとする右曲がり新聞・産経新聞は、ここに来て超強力なコンテンツを手に入れたわけで(どうもアパグループの懸賞論文の選考委員にも、産経新聞編集委員の人間が含まれていたようですね)、来年以降の企画展開が楽しみです。個人的には、あれくらい色の付いた新聞ってのは、あって然るべきと思いますしね。

「日本は悪い国ではない、良い国だったと言ったらクビになった。そんな話があるのか」と彼は語っていますが、まあそんな単純なことではないにせよ、日本だけが殊更に十字架を背負うような時代ではない。何故なら、偽りの資料に基づく根拠で一方的にイラクという国に侵略し、その国民を何万人も殺していながら悪びれた様子もなく、黒い顔の大統領が出てきては、「そろそろ撤退すっか」と平然とのたまうという、そんな野蛮な国が今の時代もなお存在するからです。なぜ「今」は責められず「過去」ばかりなのか。わしにはよくわからない。

余談ですが先日、九州国立博物館というところに行ってきまして。日本列島およびアジア諸国の歴史・文化展示を常設で行っているのですが、これが非常に良い。石器を持ってマンモスを追っかけ回していた時代、土器を作っては煮炊きを始めた時代、王政が立った時代…と紀元前から史料を詳しく見ていくことができます。今の九州地方と朝鮮半島に点在する遺跡から発掘された当時の生活の品には、類似する点が非常に多い。日本海のこっちでも向こうでも、同じように狩りをして、同じような調理法で食べ、同じような住まいで暮らしていたことがよくわかる。

面白いのは、そういうのを見ているうちに自然と、「日本国民」とか「大韓民国国民」とか「北朝鮮国民」とか、そういう括られ方を超えて、文化的に同じ根(ルーツ)を持つ大きな「われわれ」を意識することができるんですね。

「歴史認識」っていうと、学校でも報道でもいつも「あの戦争」にまつわることばかりだけれども、もっと深くて、大きな視点での認識をみんなで共有できたならば、アジアはもっと強く、欧米など歯牙にもかけない存在になれると思います。ちなみに寺島実郎氏は、日韓・東南アジアを含めた「大中華圏」での経済的なダイナミズムの創出が、これからの日本の経済成長にとって必要不可欠となると語っております(慧眼です)。


▼インドでの同時多発テロ

タイもそうですが、あっという間に恐くて行けない国になってしまいましたね。巻き込まれた日本人の方もいらっしゃいました。謹んでご冥福をお祈りいたします。

イスラム組織という部分がクローズアップされていますが、あれだけの計画的な行動はかつて見られませんでした。相当鍛錬がなされているわけで、言うまでもないことですが、そのための技術と物資・カネの支援がいったいどこからなされているのか、これを全力で解明する必要があります。

ものすごく感覚的な話をさせていただくと、この事件を知った当時から、なんとなく、これは激変する世界に対して、経済的に恵まれない人たちが抱く言葉にならない鬱積した思いが表出したものではないかと感じていました。リーマンショックに端を発する一連の金融危機と、二次的な経済不安の高まりは、先進国だけでなく、先進国がどっぷりと実体のないマネーを注入した先である、BRICSやインドネシア、ドバイなどの国にも大きな影響を与えました。

彼らの感覚からすれば、一連の金融危機→経済不安はすべてアメリカをはじめとする先進国が引き起こしたもの、という印象が強いのではないか。自分たちとは無関係な意思の働きによって、景気の良いときは巨額のマネーが自国に注ぎ込まれ、悪くなれば国内経済をずたずたに引き裂いて離れていく。「どうして彼らの都合で、彼らの好き勝手にそんなことをされなければならないのか」という怨嗟の声なき声が、インドなどの新興諸国・発展途上国で渦巻いていたとは考えられないでしょうか。

今回標的となった場所が、諸外国から投資マネーやビジネスパーソンが集まるムンバイを舞台に繰り広げられたことも、そのことを暗示しているように思えてならないのです。まあ、すべて妄想ですがね。


▼わしの近況

新居に引っ越してしばらく経ちます。入居後しばらくはカオス状態の部屋でしたが、最近は徐々に人間らしい生活を取り戻しつつあります。ご覧のようにやっとこPCもネットにつながりました。

ただ、寒さ厳しいこの折、ネックなのがエアコンがまだないことであります。まあ電気ストーブやら床暖房やらはあるんですがね。やっぱりエアコンだろうと。年末年始のセール時期に一発買ってやろうと思っているのですが、それまでは今絶好調のユニクロ・ヒートテックのお世話になるつもりです。これを買い求めるときに実感しましたが、過去最高益を上げるだけあって、ユニクロ店内には人が溢れかえっていました。レジであんなに並んだ記憶は未だかつてなかったですね。消費者の節約志向、やはり色濃く反映されているようです。

あとは、懐かしい顔ぶれにばったり再開したり、新しい出会いに恵まれたりする機会が、最近本当に多いです。とてもありがたいことです。こうやっていろいろな人に囲まれる中で、改めて社会の中の自分、社会にとっての自分、そういうものを考えることが多くなったような気がします。

さて、今回はこのあたりで。失礼いたします。
posted by サイダー at 08:25| Comment(2) | TrackBack(0) | 国際 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月28日

わしの最近の出来事についての雑感


上のニュースについて。社名も変更して勢いに乗っていたパナソニックがここに来て大失速。90%も利益が吹っ飛んでしまうというのは、国内はもちろん、主力である海外向け商品が売れていないということ。アメリカの消費動向を測る指数があるのですが、これが1%下がり、特に不動産や自動車では4%も下がったようです。世界一の消費大国での消費の鈍化は、目に見える形で世界中に広がっています。トヨタがだめ、パナソニックがだめと、日本有数の大企業がこの調子なのでは、税収も大幅減となり、国債がさらに発行され、にもかかわらず砂漠に水を撒くような給付金が放出され…と、この国はどうなっていくのでしょうか。

さて。

今回も五月雨式につらつら書きますが、全部自分の話です。めずらしく。

▼久々に会う人や風景について

先日はちょっと面白いことがありました。小学校や中学校時代の友人との飲み会に行ってきました。わしは高校で引っ越してしまったので、まともに話をするのは10年ぶりという人もいましたかね。だいぶ前からこの日が来るのをすごく楽しみにしていたんですが、でも実際に飲み会が始まって、終わってみると、どうも思っていたようなイメージと違う。

どういうことかというと、久しぶりに会う人もかなりいて、仕事や結婚などいろいろエピソードも生じやすい歳ということもあって、始まるまでは「あんなことを話そう、こんなことを聞こう」といろいろ思っているわけです。それで実際に再開してみると、長い年月のブランクなんてまったく感じさせないくらいに、打ち解けた感じで話はできるんだけれども、結局聞きたかったことはほとんど聞けずじまいで終わってしまう。「この数時間、何を話していたんだろう」と。今振り返っても、ほとんど記憶にないんですよね。たぶんその場の笑いをとるような浅い話がほとんどだったんじゃないかしら。

そしてこれはわしの性格なんだと思うんですが、やっぱり久々に会う人に対して、自分を良く見せようと虚勢を張っている部分がどうしてもある。別に何を自慢するわけではないけれど、ちょっとした挙動でかっこつけているというか。でも昔よりはだいぶましになったかな…。

そう考えるとやっぱり自分はシャイな人間なんだろうなと思います。人と会ったり話すことは好きだけれど、どうも気恥ずかしくて聞きたいことも結局聞けず、相手にかっこ悪い部分を見せないようにふるまっている。

当日は夜中まで飲んで、友人宅に泊めてもらったんですが、不思議なことにその友達のお母さんとは、いくらでも話ができる。子供の頃は一切関わりなかったけれど、性別も年齢もまったく違い、気負う必要もないから、楽なんでしょうね。

彼の家の前には、わしらが小学校時代によく遊んでいた公園がありました。早くも木の葉が散り始めて、なんとなくさびしい雰囲気の漂っているこの公園は、鬼ごっこをやったら鬼泣かせのとても広い公園だったのですが、今改めて眺めてみると、すべてが一望できてしまい、両の手のひらに収まってしまいそうに小さく感じる。それがなぜか、もの悲しさを誘う。

友人が駅まで車で送ってくれるそのついでに、昔のわしの家の前まで連れて行ってくれました。今は人に貸しているんですが、どうなっているのかとちょっと様子が見たかったのです。白に近いクリーム色をした外観の家なんですが、数年前に見に来たときには、錆が出たせいなのかところどころ赤っぽくなっている箇所があって、さすがに年が経ったのだなと思ったものでした。

今回見るときに、もっと古くなっていたらショックを受けるんだろうなと、ちょっと臆病風を吹かせていたりもしたのですが、見てみると白に近いあのクリーム色が、建てられた当時のようにきれいに広がっており、少なくとも外見上はとても立派でした。ただ、それにも関わらずショックを受けたことは、小さな子供がふたり(たぶんその家に住んでいる子供だと思うのですが)、庭で遊んでいたんですよね。

ボールを投げて遊んでいるこどもの姿を見た瞬間に、「自分の居場所が取られてしまった…」という悔しさと寂しさが渦巻いたような感情がわっとこみ上げてきて、つらい気持ちになりましたね。いくつになっても、自分が幼い頃過ごした場所というのは、やはり特別なんですかね。わしが幼稚なだけかもしれませんが。


▼不動産崩壊のご時勢に

都心のマンションに代表される不動産の値下がり。さらに不動産会社の相次ぐ倒産や不動産投資法人の破綻、オフィスビルの空室率の上昇など、追い討ちをかけるような事態が重なりまくって、新聞でもビジネス誌でも普通の週刊誌でもテレビでも、こぞって言われているのが「不動産の崩壊」。ちょっと前にも不動産に関する記事は書きましたが、そのときよりもさらに厳しい状況になっていますね…。

徐々に不動産の需要が収まって価格が下降に向かうであろうという話は、実は去年の暮れぐらいからあったのですが、「徐々に」なんてもんじゃなくてジェットコースターばりのスピード感で価格が下がっている印象を受けます。毎週金曜土曜にはマンションの折込チラシがばんばん入ってくるのですが、同じ物件でも日を追うごとに明らかに価格が下がっていたりと、わしもその潮流を肌で感じました。

サブプライムの煽りを受けて、株安や円高で日本経済がめちゃくちゃなことになり、高額商品である車やマンションを買おうというマインドは一段と低迷している。今が買いという話もあるけど、これは来年にかけてさらに安値がつくでしょうね。そしてこれから着工するマンションに対しては、買い手はかなり気をつけなくてはいけない。石油の価格は下がっても、建設資材系の原料はまだまだ高値水準にある。けれど消費者の所得も低迷し、価格も押さえなければ売れない。そうなったときに出回ると思われるのは、性能・品質を落とした物件です。安かろう悪かろうという(悪かろうは言いすぎでしょうが)。

素人のぱっと見ではわからない意外な部分で品質を甘くされている場合には、買った後から文句を言っても無駄ですので、きちんと見極めをする必要があるでしょうね。別にマンションなんて、ちょっとグレードを落としたところで、地震がきたら一瞬で倒壊するとか、そんなことが起こるわけでもないですけど…。

そしてネタをばらしてしまうと、こんなとんでもないご時勢にわしはマンションを買ってしまいました…。契約当時はまさかここまで世の中がひどいことになるなんてこれっぽっちも思っていなかったのですが、今となっては果たして良かったのかどうか、さっぱりわかりません。おそらくは高値でつかんでしまったんだと思います。

もっとももうすぐ子供もできて今の家が手狭になってという事情もあったので、自分にとっての買い時であったのは確かです。幸い世界同時不況のおかげか、住宅ローンの金利はとても低いので、まあがんばって返していきます。頭金の支払いや12月からの新生活に向けて家具や家電を買い直してカネを使い果たしたので、しばらくは慎ましく暮らします…。誰か、酒でもおごってください(笑)

ひどい終わり方ですが、今回はこのへんで。また来月…。
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2008年11月20日

またまた、最近の出来事についての雑感


上のニュースについて。世界的に権威ある「ミシュランの星」。もともとこういう取り組みって企業のブランディングの一環として行われるはずのものなんですが、ミシュランの場合、あまりにも本業に事業活動とかけ離れております。日本人で「ミシュラン」と聞いたら、本業よりもレストランの格付けやっているイメージを持っている人が多そうな気もしますけど、それは意味あるんでしょうかね。「ミシュラン」という名前が浸透するという意味では、効果はあるのかもしれませんが。

さて。

取りとめもなく、掘り下げたことも書けず、申し訳ないと思いつつ、また五月雨式に。しかもそんなにタイムリーではない話題です(笑)

▼小室哲哉氏の逮捕

ホリエモンと同じく、持ち上げられた反動で一気に地に叩きつけられたかわいそうな人…。テレビ局はすっかり庶民となった華原朋美やKEIKOは追えても、ドラマの女王と化した篠原涼子は「し」の字すら出すことができませんでしたね。芸能事務所恐るべし、です。

無体財産権の二重譲渡を制度的に防ぐ仕組みとか、そっちの議論が深まれば良いのですが、そんなことにはならないですね。人生のうち価値ある無体財産を生み出す機会がゼロに等しい多くの一般人にとっては、まったく興味が持てないテーマですので、まあ無理からぬことです。


▼景気対策の給付金

国家財政が厳しいにもかかわらず、なんと2兆円規模の大盤振る舞い。が、ひとりあたり1万2000円って、しょっぱすぎないか…。しかも実質的な所得制限をかけて、稼いでいる人たちには辞退を促すことも視野に入れている。別にわしは所得制限に該当するほど稼いでないけど、いらないよ、こんなはした金(ほんとに辞退したら絶対嫁に怒られるが…)。

一晩酒飲んで消えてしまうような額をクレープのように薄〜くまいたところで、どういう効果が望めるのか甚だ疑問であるね。


▼環境省、09年度からの環境税導入を要請

どういう税金なんだか。「炭素税」とも言われていますが、石油など地球温暖化を促進するものにはこれまでよりも重い税金が課されることになりそうです。わしみたいに別に温暖化してもいいとか、そのうち寒冷化するだろうと思っている人も払わなくてはいけないのでしょうか。

税金は消費税から輸入品にかかる関税を含めて、すべて自国の国益のためという合意の下、国民から徴収されるものであるはず。それが「環境」という、日本だけで完結せず、地球規模で考え、行動しなければどうしようもない問題に対して、国際的な協調行動の一環として導入されるとすると、税金の概念ががらっと変わってしまうことにもなる。沈みゆくツバルのために、税金を納める、か…。博愛主義者が多いね。


▼田母神前空幕長の論文問題

さすがに表現の自由の守護者を自認するマスコミですから、「間違った意見を表明している」などの表現は一言もないですね。「太平洋戦争で日本がアジアに対して行った一連の軍事的行為の非を認めた、政府の統一見解である『村山談話』に反する主張を行った」という枕詞で田母神氏を評しています。

結局この問題って、「民間主催の懸賞論文で自衛隊の空幕長ともあろう人物が、太平洋戦争を肯定する論文を書いて賞を取っている」→「そういう人物が自衛隊の重要なポストについていることは不適切」→「そういう人物を自衛隊の重要なポストにつけた政府=自民党にも責任がある」→「責任とって防衛大臣と麻生首相辞めろ」と、こういう論旨を展開したい勢力(それが誰かは言わずもがな、ですが)が議論を焚きつけたんですよね。

では田母神氏の何が問題だったのか。そういう思想を持っていること自体が問題だったのか。その思想が間違っていたから問題だったのか。そういう思想を表現したこと自体が問題だったのか。そういう思想を表現すると、精神的苦痛を覚える人がたくさんいるから問題だったのか。そういう人が自衛隊にいるとアジア諸国が怒ったり不安になったりするから問題だったのか。そういう人が自衛隊にいると、また日本が侵略戦争を起こす確率が極めて高いから問題だったのか。

思想も表現も人権として保障されていますが、別に表現の自由なんて、他の法益との兼ね合いでいかようにも制限しうる権利です。仮に法的には大丈夫だとしても、道義的に許せないという理由でいくらでも処断できる。外交上の国益を損なうからというのも立派な理由です。こんなふうにどうにでも「いちゃもん」はつけられるんですが、一連の議論を見ていて、「じゃあ結局彼の何が悪いのか」、というのが、ストレートに理解できないんですよね。

組織が何か問題を起こしたときって、よく再発防止策を問われたりしますよね。今回自衛隊という組織の人間が「とんでもない」問題を起こしたわけですが、どう再発を防ぐかを検討する際にも、何が問題の根幹かがはっきりすれば、手の打ちようがあるわけですが、今回はどうでしょう。思想に問題があったのだとすると、「入隊時に村山談話を無条件で受け入れるかどうかの思想チェックをする」とか。表現活動に問題があったのだとすると、「政府が許可しない表現活動・表現内容は行ってはいけないことにする」とか。

論客によっては、「これは自衛隊に留まらず、等しく公務員全体の問題である」と捉えるかもしれない。そこで公務員全体に、思想チェックと表現活動・内容の統制を行うことで、公務員諸君が二度とこのような不始末を起こさないようにする。教師は教員試験で君が代を国家と認めないと教師になれない。国歌斉唱中は勝手に座ったりしないで、ちゃんと政府の見解に従って立ちなさいと。ピアノ教師は伴奏拒むなと。

「政府の統一見解に反する」ことを処断するってのは、まあこういうことですかね。ずれてますかね。
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2008年11月08日

大麻をやっている学生についての雑感


もう11月ですか。早いですね…。上のニュースについて。こういう下らない見出しっていうのは、インターネットニュースに向けてのものだけなんだそうで。数ある記事リストの中から、クリックさせるには、こういうウィットが必要なんですね。と言うよりもむしろ、ユーザーの民度を低めに見積もっているという感じでしょうか。

それにしても先日ショッキングな出来事がありまして。アメリカでは黒人初の大統領が誕生しているというのに、学歴のせいで好きな男とも結婚できない人がいるという話。男のほうの両親が許さなかったようなんですが、自分の大事な息子は、自分の望み通りの相手と結婚させたいという親のエゴも分かる反面、あまりに狭量な気もしてしまう。だって学歴良くても、ろくでもない人間がたくさんいるじゃないですか…。まあ友人の話ですから、これ以上は言いますまい。

さて。

今回はその「学歴良くても、ろくでもない人間」の話です。誰もが聞いたことのある有名大学の学生たちが、大麻を所持・販売した容疑で相次いで逮捕され、裁判にかけられています。関東学院大学ラグビー部のときにも、それ以外でも何度も大麻の話を書きました。それでもまた書くのは、自分が卒業した大学でも、同様に大麻事件が発生したからです。

テレビや新聞でのニュースでは、かなり取り上げられました。自分が世話になっていた教授たちが謝罪をしている姿を何度見かけたことか(だいぶ偉くなられたようです…)。インターネットでも、掲示板のスレッドが立つわ立つわ…。

逮捕された学生は、大麻が好きなのか、実家が大麻農家なのか、金儲けが好きなのか、自分を何者かに見せたい虚栄心からなのか、どういう気持ちで大麻を持っていたのかはまったくわかりません。学生がどんな人なのかまったく知りませんが、わしとは同じ大学の先輩後輩という間柄であるのは紛れもない事実。そう考えたときに、ふと、怒りがこみ上げてきたわけです。

自分の所属していた大学の看板に泥を塗られたという感覚、ひいては自分自身に対しても傷つけられた感覚に見舞われました。「恥を知るがいい」と思ったものです。皮肉なもので、こういう形で「自分にも意外と愛校心があったのだなあ」と気づかされました。

たった一人の愚かな行いが、自分の両親はもちろん、友人や恋人、学校関係者、さらにその関係者と、どれほどの人たちの心に傷をつけ落胆させることになったか。取り返しのつかないことをしてくれましたが、これが彼にとってひとつのきっかけになれば、それに越したことはない。我々も後輩のふり見て、自戒せねばなりません。

ちなみに関西の大学で大麻を売っていた学生は、「大学には自治権があり、警察が入って来られないからばれないと思っていた」「別に大麻売っても大した儲けにならなかった」と余裕綽々の供述をしております。大学内の監視通報体制の強化も当然必要ではありますが、このコメントだけ聞いていると、もはや悪いことをしているという感覚がなくなっているのかと、そっちのほうが問題だと思ってしまいますね。大麻を売っているときに、誰か自分の周りにいる人たちの顔は思い浮かばなかったんですかねえ。

周りの人たちを踏み越えて「犯罪者になるんだ」と覚悟しての犯行であれば、筋金入りですから別の意味で立派とも言えましょうが、もしもそこまでの覚悟もなく大麻に手を出していたのだとしたら、よほど周りの人間の存在を軽視しているのか、周りとのつながりに気がつかないほど鈍感な人間なのか、誰にも関心を持たれないほど孤独で無価値な存在なのか。

もしかしたらですが、大麻のやりとりを通じたコミュニケーションをしているときのほうが、人とのつながりを感じられて、自己の有意性を実感できるのかもしれませんねえ……合掌。
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2008年10月24日

のどにつまらせやすい食品についての雑感


上のニュースについて。ついに日経平均が8000円を割り込んでしまいました。わしの記憶が確かならば、日経平均が最も安かったのが小泉政権時代で、7600円くらいだったと思います(NHKの夜7時のニュースの終わりあたりに「為替と株価です」と言って出てくるあの画面と共に、なぜか脳裏に焼きついている)。もしかしたら週明けそれを更新してしまうかもしれません。

すでにリスク資産をすべて手放したから言うわけではないんですけど、率直な話、こうなったら落ちるところまで落ちて欲しい。小さい頃から、雨雲が出てとんでもない雷が轟いたりすると、無性にわくわくする性分でしたが、今回もまさにそんな気持ちです。この世の終わりが見てみたい。

さて。

マンナンライフの「蒟蒻(こんにゃく)畑」をのどにつまらせて死亡する事件が後を絶たないということで、最近再び論点になっています。この中での論点推移が非常に面白く、参考になる。

マスコミはこんにゃくゼリーをのどにつまらせて死亡したケースが再び見つかったという発表を受けて、こぞって報道し、新聞もテレビも「再発防止のためにメーカー側が果たすべき責任は重い」という論を展開しました。また厚生労働省が、食品での窒息死に関する件数データをまとめたことを受け、件数ランキングトップ10の中にこんにゃくゼリーが入っていることを例に上げ、やはり危険だと言う話に持っていったように思います。

けれど同時に、インターネットではまったく別の議論が展開されていました。それは厚労省のデータに関して、こんにゃくゼリーよりも餅やらパンやらの方がよほど件数としては多いのに、それらは規制されずに、こんにゃくゼリーだけ「子供とお年寄りは注意!」というような表示を強いられるのは不公平ではないかと言うものです。どちらかというとこんにゃくゼリーを擁護する姿勢です。

そのインターネットの議論に火をつけたのが、野田聖子消費者行政担当相のこの発言。件のデータについて、「餅はのどにつまることが常識だと認識されている(=餅については何らの規制も必要ない)」。これで一気にネットはこんにゃくゼリーの味方に。さすが大臣、炎上のツボをよく理解していらっしゃる(笑)

政府・政治家がこういう発言をすると、マスコミとしても突っ込みを入れざるを得ない。これまでマンナンライフをじわじわと真綿で締め上げていた新聞・テレビもその手を緩め、餅やパンはどうするのかという議論に足を突っ込んでいきます。

そのとき絶妙なタイミングで(失礼)、小学生がパンをのどにつまらせて死ぬという事件が発覚した。子供が死ぬとマスコミは絶対に無視できません。一気に、パン窒息死の他の事例や件数の議論、そして食品窒息死全般とその対策の議論へと話が広がっていきます。

結果として、当初槍玉に挙げられていたこんにゃくゼリーは、完全にスケープゴートを脱することができました。ここまでの紆余曲折、論調変遷のポイントをいくつか列挙しますと…

▼子供の死
これが非常に大きいかもしれない。そもそもこんにゃくゼリーも子供が死亡したことで大きな問題となりました。これがパンでも起きたから、議論は大きく変わりました。思えば六本木ヒルズの回転ドアや、破損したエスカレーター、クロックスなど、子供の死傷でたくさんの論点が巻き起こってきましたね。

▼政治家の不適切な発言
これも大きい論調変動要因です。野田大臣の発言が、たとえば「餅については窒息について特段の規制はないが、今回の調査を踏まえて十分に注視していく必要があると認識している」というものであったなら、どうでしょうか。まったくお役所的な答弁ですが、少なくともあそこまで議論の風向きは変わらなかったでしょうね。

▼(第三者による)客観的な数値
こんにゃくゼリーが危機を脱したきっかけ。食品の窒息死件数データの存在が、世の中の目を「窒息死全般」に向けるひとつのきっかけを作りました。ひとつの物事にだけ注目が集まっているときに、ぽんと広い視点から客観的なデータを示すだけで、議論は大きく変わりうる。第三者によると書いたのは、これが「マンナンライフ自主調査」というのでは効果が薄く、あくまで厚生労働省や国民生活センターなど、中立的な第三者によるものであることが重要と言うことです。

ただし、あのデータの読み方については個人的には異論があります。インターネットでも報道でも、厚労省の出した件数をそのまま使って、「ゼリーよりも餅やパンのほうが圧倒的に件数が多い」という話を展開している。が、考えてみればそんなのは当たり前。食べている量や頻度が圧倒的に違うからです。

餅やパンは主食であるがこんにゃくゼリーは違う。そのあたりを踏まえ、「食する頻度一単位あたりの、窒息死発生件数」で、データを捉えなおす必要があるでしょう。その上で例えば、「こんにゃくゼリーって食べる頻度が少ないにもかかわらず、こんなに高い確率で窒息死が発生しているのか!」など、さらに深掘りした結論を求めなければ意味がないと思いますね。

またインターネット内や「とくダネ!」の小倉氏も言っていますが、消費者を甘やかすだけの消費者行政はやめたほうがいいと思います。食品消費期限偽装などのときもそうですが、あれは危ないこれは危ない、そうやって規制を増やして消費者を無能力化していくのはやめたほうがいい。彼らの判断力を奪うと同時に、生産する側をも萎縮させてしまう消費者行政は、自由資本主義の国にはそぐわないのではない。目指すべきは、「自己の責任について自覚ある消費者」をもっともっと増やすことではないでしょうか。企業は、隠さない、嘘をつかない。消費者は、騒がない、押し付けない。こういう大人な関係づくりを模索していくべきでしょう。
posted by サイダー at 22:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月22日

「婚活」と合コンについての雑感


上のニュースについて。フィッシュスパがマレーシアでも人気だとか。けちをつけるわけではないんですけど、こういうのって、どこまで効果があるんでしょうねえ。魚が古い角質を食べてくれるって言っても、「食べ残し」とかあるんじゃないかとか、自分であかすりをしたほうが確実に早いんじゃないかとか、思いませんか??

さて。

「婚活時代」という本がヒットしたおかげで、「婚活」=結婚活動にスポットが当たっております。テレビや雑誌でも適齢期に達して(過ぎて)、必死に「婚活」に励む女性たちの姿が面白おかしく、時に哀れなタッチで紹介されている。放送されているとついつい見てしまうんですがね。

その中では、さまざまなサービスを提供する結婚相談所や、果ては適齢期の息子や娘を持つ親同士のお見合いパーティーまで登場します。上述の「哀れなタッチ」というのはこのあたりに現れていて、「結婚のためにそこまでするとは」というトーンで紹介されているんですよね。

確かに親同士のお見合いの様子とか、サービスの提供価格とかを見ていると、「さすがにちょっとな」と思えないでもない。でも結婚したいけれど決まった相手もいないという人にとっては、かなり合理的で賢い手段なんだろうなと思います。少なくとも「出会いがない」と嘆いては合コンばかりしている人たちよりは。

合コンというのは、出会いを求める場としては非効率極まりない装置であると常々思います。わしも人に頼まれて合コンのセッティングをすることがあります(既婚者なので慈善活動に近い)。その人は本気で出会いを求めているわけですが、まあ往々にしてうまく行きませんわね。3人対3人の合コンをやったとして、自分の理想にかなった人間がその3人に含まれている確率なんてどんだけのもんだと。

そして酒を飲みながら、相手のいいところを見つけていくのも難しい。社会人ともなると男女ともそんなに「前のめりに」コミュニケーションできないんですよね。解散するときに連絡先の交換もしない。男女それぞれ取りまとめ役を立てて、各陣営の連絡先を交換し、後はそれぞれがやりとりする。でもまあ、その時点で連絡する確度も下がっているし、相手からの反応も高いとは言い切れん。

非常に個人的な話なんですが、合コンが終わった後に、「今日は全然駄目だったな…」と言いつつ、男だけで飲みに行く通称「反省会」のほうが合コン本編よりよっぽど楽しいということがけっこうあったんですけど、そんなことってあったりしませんかね?

まあ万が一、万が一、理想の相手がテーブルの対面にいたとする。しかも「前のめりに」アプローチしてくる。話してみたらやっぱり良い人だ。…なんてことがあったとしてもですよ、向こうはその時点で結婚する気もさらさらなく、遊びを求めているなんてことがざらですわね…。

わしの持論ですが、結婚は、結婚していたい年齢からの逆算。ごく普通に結婚する場合、二人が「結婚しよう」「はい」となってから、まあ1年から1年半はかかります。両親に挨拶に行ったり、結納やったり、式場押さえたり、式の準備をしたり…という手続がけっこうあるので。人気の式場だと1年前からの予約は当たり前ですしね。

そう考えると、仮にある人が「自分はなんとしても30歳までには結婚したい」と思った場合、1年から1年半を差し引いて、28〜29歳のうちに、「結婚しよう」「はい」という状態になっていなければいかん。そこまでの関係に至るために、交際から1年を要すると考えると、だいたい27〜28歳のうちに、「付き合おう」「はい」という関係になる必要があるのである。それだけ時間がかかるのだから「付き合おう」「はい」となってもよい相手を見つけるための期間は、短ければ短いほど良い。

そんな状態であるからして、本気で結婚したい人は麻雀で天和を上がることを待っているような合コンを繰り返すよりは、結婚相談所や(質の良い)出会い系サービスを利用するほうが、時間的にも費用的にも遥かに効率的であろうと思われるのです。で、遊びたい人だけ、合コンをするということにすれば、そっちはそっちで良いことが起こりそうでしょ。

「婚活」にちょっと関連して。最近わしの友人知人におめでたいことがいろいろと起こっております。結婚が決まったり、結婚式挙げちゃったり、子供ができちゃったり、あと司法試験受かったり。わしも素直にうれしいです。まあ結婚式が重なるとご祝儀だけで家計が圧迫されていくという切なさはあるのですがね。そんな小さいこと言っていられないね。みなさんおめでとうございます!

…と、ここまで読み返してみて、今回はまったくろくなことを書いていないというのがよく分かりました。まあ、いいけど。
posted by サイダー at 08:31| Comment(3) | TrackBack(1) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月17日

時価会計の緩和についての雑感


上のニュースについて。アメリカの大統領選がいよいよです。日本の選挙のほうはどんどん当初の見立てと外れていきますが、こっちは11月4日で決まっている。総選挙のほうが後になってしまいました。ただ、今はそれどころではないという気は正直しますね。

さて。

今日の日経新聞の一面トップはこの話題でした。以下、昨日付けのネット記事ですが、参考まで。

日本の会計基準を作る企業会計基準委員会(ASBJ)は16日、金融商品の時価を評価する方法を見直す検討を始めた。米国発の金融危機に伴い、欧米諸国は時価会計を緩和する方針を打ち出している。日本も欧米と歩調を合わせる形で、同様の緩和策を検討する。減損対象となる有価証券を取得時の価格(簿価)で評価できる「満期保有」に振り替えることを認めるほか、値崩れしている証券化商品の評価に関するガイドラインを作る。(10月16日付日経新聞ネット記事より一部抜粋)

欧米でもこういうやり方を導入しようとしているので、追随しないと日系企業の業績が相対的に悪いように見える。というわけで日本でも導入を急ピッチで検討というわけですね。短期の投機目的から「満額保有」目的に切り替えることで、時価評価を避けることを可能にするという話。満額保有だと簿価の評価でよいんですね。

不勉強ですが、この目的は、一度変更すると二度と動かすことができないというわけではないんですよね、きっと。あくまでも今回の経済ショックで抱え込んだ大損をカムフラージュするのがこの措置の趣旨なわけですから。企業も本気で満額保有をしようというわけではなく、市場価格が落ち着いたら、再び目的を切り替えることでしょう。

これはやはりいただけないですね。まず、その企業に対して投資している人たちの、取引の安全性を害してしまう。A社は500億円の有価証券評価損を計上するところ、満額保有目的に変更して、損失が0円になった。B社は評価損が50億円と比較的軽微だったので、目的は変えなかった。これにより見かけ上は、B社よりもA社のほうが損失の少ない健全な企業ということになる。仮にB社よりA社の業績が良いと信じて投資をした人が、後々痛手を蒙ったときに、誰もカバーしてくれる人はいないわけですね。

ただ、投資をする人たちもそこまで素人ではない。こういう制度の変更があったからには、企業の有価証券保有目的の変更について、目を皿にしてチェックするはずです。これは投資家のみならず、融資を行う銀行だってそうするはず。

上述の例では、結局その企業のステークホルダー(利害関係者)は、「仮にA社が保有目的を変更しなかったとき、会計状況はどうなるの?」と聞くことになるでしょう。これはステークホルダーにとって、情報収集にかなり手間をかけさせることになる上、企業の側としても、結局それに答える準備をしなければならず、双方にとって時間や費用のコストが増えることになる。帳簿を二つつけるようなものですからね。

お互いに無駄な労力を使うことになるのは明白なのに、見た目の健全さにこだわるのは、どういうわけだろうか。エンロンが苦し紛れに粉飾決算を行っていたときはあれほど非難したのに、みんなが辛いときは「みんな一緒に粉飾しましょう」とまとまってしまえる世界がすごい。

有価証券保有目的の変更をチェックして知らせるサイトなどを作れば、アクセスも稼げるいい商売になるかもしれません。そんなことくらいしか、いいことないんじゃないかなあという、雑感でございます。
posted by サイダー at 21:36| Comment(2) | TrackBack(0) | 国際 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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